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京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科所蔵 イスラーム学貴重資料集成

(3) アラビア語およびオスマン語貴重資料 <写本> 10冊

 

1.カズウィーニー『サッカーキー「諸学の鍵」摘要

 カズウィーニー(ジャマールッディーン・ムハンマド・イブン・アブドゥッラフマーン・カズウィーニー、739/1338年没)はディマシュクで活動したウラマー。この『摘要』はサッカーキー(626/1229年没)『諸学の鍵』第三部の摘要で、アラビア語修辞学(イルム・アルバラーガ)に関する有名な著作である。
 この写本の余白や行間に見える無数の書き込みは、主にタフターザーニー(No. 3参照)の『大註釈(ムタウワル)』『小註釈(ムフタサル)』からの引用である。

2.サアディーヤ儀礼書

 サアディーヤとはサアドゥッディーン・ジバーウィーを名祖とする、スーフィーの流派・教団(タリーカ)の一つで、シリアに生まれ、やがてトルコなどにも広まった。この写本はサアディーヤの儀礼書の前後に、若干の解説が書き込まれたもの。儀礼における一部のアラビア語の引用以外は、オスマン・トルコ語で書かれている。
(1)サアドゥッディーン・ジバーウィーの血統についての解説。
(2)『後継の集い』サアディーヤにおけるハリーファ(後継者ないし高弟)任命の儀式の手順を述べたもの。
(3)サアドゥッディーン・ジバーウィーのスィルスィラ(師伝の系譜)と、カスィーダ(頌詩)の註釈。

3.タフターザーニー『ナサフィー「信条」註釈

 中央アジアの神学者ナサフィー(ナジュムッディーン・ウマル・イブン・ムハンマド・ナサフィー、537/1142年没)がイスラーム神学の基本を簡略に解説した著作『信条(アカーイド)』に対して、タフターザーニー(サアドゥッディーン・マスウード・イブン・ウマル・タフターザーニー、791/1389年没)が書いた註釈(シャルフ)である。ナサフィーはマートゥリーディー派の神学者であるが、タフターザーニーはこの著作で一部アシュアリー派の教義を採用している。この註釈書はナサフィーによる原著そのものと同様に有名で広く読まれ、数多くの孫註釈・傍注(ハーシヤ)が書かれた。
 この写本はヒジュラ暦1137年ラビーII月(西暦1724年)に現トルコのアマスヤで書写されたもの。余白に見える書き込みは、アフマド・ハヤーリー(875/1470-1年没)、クリーミー(879/1474-5年没)、ケステリー(901/1495-6年没)、カラ・カマール(920/1514-5年没)など、オスマン朝の学者達によって書かれた傍註からの引用である。

4.ハーディミー『宝石の庫と彩花の蔵

 ハーディミー(アブー・サイード・ムハンマド・ハーディミー、1176/1762-63年没)はオスマン朝時代のウラマー兼スーフィー。この著作はバスマラ(「慈愛あまねく慈悲深き神の名において」という定型句)についての註釈である。バスマラを構成する単語の語義的説明から始め、文法学、修辞学、神学、論理学、法学、スーフィズムなど様々な角度からバスマラの意味を説明している。
 この写本は、著者の死後30年ほど経った1207年(西暦1793年)に書写されたもの。

5.サアディーヤ祈祷集

 サアディーヤ(No. 2参照)で行われていた祈祷(ウィルド)の集成。ウィルドとはスーフィー教団の集会で唱える祈りの文句である。
 この写本はヒジュラ暦1311年ラジャブ月1日(西暦1894年)作成。

6.法学書集

 主として三つの短いイスラーム法学関係の著作を合冊した写本である。写本冒頭に付された目次の日付などから、17世紀にオスマン朝下で作成された写本と思われる。
(1)マルギーナーニー『初学者の初歩』
 マルギーナーニー(593/1197年没)は中央アジアの高名なハナフィー派法学者。この『初歩(ビダーヤ)』はハナフィー派法学の規定を簡略にまとめた、極めて有名な法学書である。さらにこの著作に対してマルギーナーニー自身が書いた註釈書『導き(ヒダーヤ)』はハナフィー派において最も権威ある法学書の一つとしてよく読まれ、スィグナーキー『終局(ニハーヤ)』、バーバルティー『配慮(イナーヤ)』、マフムード・イブン・サドリッシャリーア『保護(ウィカーヤ)』、クルラーニー『十全(キファーヤ)』など、語呂を合わせた題名を持つ多くの註釈・孫註釈が書かれた。
(2)サマルカンディー『礼拝序説』
 礼拝に関する法学規定の解説。高名なハナフィー派法学者アブー・ライス・サマルカンディーの『礼拝序説』あるいはその註釈と思われる。
(3)著者不明『礼拝の諸規定』
 これも礼拝に関する法学規定の解説。著者は不明であるが、オスマン朝下などでよく読まれたものである。

7.クルアーン朗誦学集成

 クルアーン朗誦学、就中クルアーンの正確な発音法(タジュウィード)に関するいくつかの著作を合冊した写本である。
(1)アブー・バクル・アフマド『「ジャザリーの序説」詳解』
 イブン・ジャザリー(833/1429年没)がクルアーン発音法を韻文で記した『ジャザリーの序説』に対する註釈で、著者アブー・バクル・アフマドはイブン・ジャザリーの息子である。ヒジュラ暦1052年ズルヒッジャ月10日(西暦1643年)書写と記されている。
(2)イブン・ジャザリー『ジャザリーの序説』
 上記『ジャザリーの序説』の本文。ヒジュラ暦1049年ラマダーン月(西暦1639-40年)書写。
(3)サールーハーニー『ビルカウィー「無比の真珠」註釈』
 サールーハーニー(アフマド・ルーミー・アクヒサーリー、1041/1631-32年没)はオスマン朝時代のウラマー。この著作はビルカウィー(No. 9参照)のクルアーン発音法についての著作『無比の真珠』に対する註釈である。
(4)『ビルカウィー「無比の真珠」註釈』
 同じく『無比の真珠』に対する、オスマン・トルコ語で書かれた註釈。著者は1097/1685-86年に没した、ブドゥンの町のムフティーをしていたハサンなる人物。

8.ベクタシー教団儀礼書

 ベクタシー教団(ベクタシーヤ)はオスマン朝下で有力だったタリーカの一つ。この写本はベクタシー教団の儀礼において唱えられる祈祷(テルジェマン)に関するもので、ユースフ・デルヴィシュなる人物によって作成されたと記されている。ムハンマド、ファーティマ、十二イマーム達への祈願やウマイヤ家への呪詛、後継式(ヒラーフェト)や入門式(アイニジェム)といった儀式の手順などを内容とする。
 この写本は携帯に適したコンパクトなもので、ヒジュラ暦1263年(西暦1846年)の日付をもつ。1826年にベクタシー教団はオスマン朝君主マフムト2世の命令でいったん閉鎖されたが、この写本の存在は、それから二十年後にはベクタシー教団が既に活動を再開していたことを示している。

9.ビルカウィー『礼拝の矯正』他

 礼拝に関する二つの著作の合冊である。
(1)ビルカウィー『礼拝の矯正』
 ビルカウィー(ビルギヴィー、ビルギリーなどとも。981/1573年没)はオスマン朝のウラマーで、『ムハンマドの道』をはじめ多くの著作を残した。この『礼拝の矯正』は、礼拝の動作を定められたとおりに遂行することの必要性を説いたもの。
(2)礼拝に関する諸問題
 主に礼拝に関する様々な問題についての解説。著者不明。
 なお、この写本の最終ページにはクルアーンの一部が書き込まれている。

10.預言者伝

 オスマン・トルコ語で書かれた、預言者ムハンマドの伝記。ムハンマドの血統についての叙述から始まり、ムハンマドの生涯と正統カリフ時代の歴史を述べ、最後にウマイヤ朝時代からオスマン朝時代までのカリフ位の変遷を簡単に述べて終わる。
 この写本は1256年(西暦1840-41年)の日付を持つ。著者は不明である。


 

 


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