京都大学附属図書館 維新資料画像データベース
このデータベースについて:総合解説と凡例
目次
維新資料画像データベースは、当館「維新特別資料文庫」(このページ末尾の解説参照)に収蔵の主要な資料を電子化しWWWにて広く一般に公開するものであり、平成7年度文部省科学研究費補助金によって作成されました。
このデータベースは三部構成となっています。一つは平成6年度に当館が実施した電子展示「吉田松陰とその同志」のデータ群、他の二つは新たに電子化した維新関連資料(書簡・冊子・刀剣・尊攘堂史料)と『奇兵隊日記』です。
このデータベースの作成及び構成は、富田健市・小川恭弘が中心となって行いました。
平成6(1994)年9月26日から10月28日まで当館3階展示室で開催された同名の展示会において、新しい試みとして展示資料を電子化して専用のコンピュータネットワーク上で公開したものです。
- データは原則として当時のものを用い、体裁などはこのデータベースにあわせて変更してあります。
- 「展示リスト」は当時展示室で実際に公開されたもの、「未展示リスト」は展示室では公開されず電子展示でのみ公開されたものです。
- 各資料の解説は本学人文科学研究所の佐々木克教授が担当しました。
- 英語版作成は当館職員が担当しました。
- 関連人物解説は公開準備中です。
- 人物の肖像画は当館所蔵の写真を電子化したものです。
- なお、当時CGIを用いたキーワード検索機能を搭載していましたが、このデータベースでは割愛しました。
- 「参考引用文献」は次の資料から引用しました。
- 時野谷 勝解説『尊攘聚英解説』東京 : 東洋文化研究所, 1943(昭和18)年.(『尊攘聚英』の別冊解説)
- 京都帝國大學附屬國書館編『尊攘遺芳』東京 : 日本評論社, 1941(昭和16)年.
- 尊攘堂委員会編『尊攘堂遺墨集』京都 : 寸紅堂, 1928(昭和3)年.
- 京都府教育會編『京都維新史蹟』京都 : カワイ書店, 1928(昭和3)年.
- 書誌事項は当館の目録から採録しました。
-
- 主に貼り交ぜ屏風(はりまぜびょうぶ)に貼付されたものから採録しました。貼り交ぜ屏風とは、色紙・短冊・書簡等をとりまぜて屏風に貼りあわせたものです。数片に分割されて屏風に貼付されている書簡もあり、また電子化の制約もあり、画像の切り出し方が不自然になっているものもありますのでご了承ください。
- リストの排列はおおむね筆者名の五十音順ですが、一部に宛て名や題名で排列している場合もあります。
- 釈文作成は当館職員が担当しました。
掛軸等
刀剣
- 解説は文化庁刀剣類登録審査委員 新井重熈氏によるものです。
尊攘堂史料
- 冊子形態の資料のうち主なものを電子化しました。料紙を折り返した裏側に文字が記されている場合は、折り返しを開いた状態の画像もあわせて掲載してあります。
- 「枚数」「組」はこのデータベースでの画面表示のための便宜的な単位であり、原本の頁とは一致しません。
- 上記「尊攘堂史料」に含まれる資料ですが、大部であるため別建てとしてあります。
- 「枚数」「組」はこのデータベースでの画面表示のための便宜的な単位であり、原本の頁とは一致しません。
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頒布あるいは閲覧させる等の行為を一切禁じます. なお、写真の学術利用や刊行物掲載については,別に規程がありますので,お問い合わせ下さい.
お問い合わせ先: (電子情報掛)
- 画質については、作業上の都合により、PCD(PhotoCD)形式からGIF形式に変換したファイルをさらにJPEG(標準画質)形式に再変換しました。画像補正は若干行った程度であり、全般に原本とは色調がかなり異なっています。ご了承ください。
- 画像のファイルサイズについては、1コマに対し大中小の3サイズを用意し、適宜使い分けました。大サイズの画像は概ね100KB程度ですが150KBを超えるものも若干あります。
- テキストの日本語コードはすべてシフトJISコードを用いました。
(『京都大学附属図書館六十年史』199-200頁から引用)
![[旧尊攘堂の建物写真]](sonjoudo.jpg) |
旧尊攘堂
(当館西側に隣接。現在は埋蔵
文化財研究センター資料室
として使われています。) |
維新資料文庫は品川弥二郎子爵が創設した尊攘堂旧蔵の維新資料の収集である。子爵の歿後尊攘堂保存委員会より尊攘堂所蔵品総数984点内維新資料554部2,169冊を明治33年(1900)本館に寄贈された。
尊攘堂は吉田松陰の遺志に基ずいて創設せられたものである。したがってその蔵品構成の根幹が松陰の書翰、上書、稿本等の遺墨、およびその類縁資料であることはいうまでもないが、松下村塾の俊英、高杉晋作、久坂玄瑞、木戸孝允、山県有朋等の遺墨遺品も豊富である。
しかしこの文庫は単に長州出身の志士の自筆文献の収集に止まらず、広く日本全土にわたり、その階層も皇族、藩主より微禄の士に至るまで、身分の如何を問わず、その遺品書跡はおよぶ限り網羅されている。
地域的にも階級的にも広く深く採取したこの収集は、幕末志士の思想、学術、行実等を窺知する格好の伝記資料であると共に、維新史を闡明する最も有力な資料であるといえよう。
個人的伝記資料の他に歴史的事件を物語る文書記録も、この文庫には多量に収容されている。「奇兵隊日記文久3年至明治2年」「奇兵隊寄合書」は元治元年英仏米蘭四国軍艦の下関砲撃と、慶応2年の小倉戦役等における山口藩奇兵隊の活動を記録した原本である。
また「三藩盟約書草案」は薩長芸三藩協議の結果決定した盟約書である。この盟約がなって終に討幕の内勅が下され、王政復古の端緒が開かれたのである。この盟約書は大久保利通の自撰自筆であって、「奇兵隊日記」と共に維新史上に貴重な地位を占め、その価値は極めて大きい。
松陰の歿後松下村塾の塾生は写本料を持寄って塾を維持し、さらに有事の日に備えることを誓ったが、この間の消息を伝えるものに「松下村塾一燈銭申合帖」がある。
また文久2年(1862)寺田屋の変に坐して福岡の獄に幽囚された平野国臣が、獄中で筆墨の使用を禁ぜられたため、紙撚を以って情懐を託した「平野国臣紙撚文字詩歌」等は、困苦欠乏を克服して、軒昂たる意気を示す先賢諸士の風貌をほうふつせしめるものがある。
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