京都大学附属図書館 維新資料画像データベース


松本奎堂 益田右衛門介

松浦 亀太郎(まつうら かめたろう)

 天保8年(1837)−文久2年4月13日(1862)

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 長州国萩松本村船津。萩藩根来主馬陪臣、画家。

 諱:知新。字:温故、無窮。通称:亀太郎。変名:松田知介、松田亀太郎、浦無窮。

 雅号:松洞、聴鶴、韓峰。

 父は商人松浦正之助、次男。

 幼少のころ羽様西崖に画法を学び、のち小田海僊に師事した。

 安政3(1856)年吉田松陰の松下村塾に入った。

 同5(1858)年上京した後江戸に行き、芳野金陵の塾で学んだ。

 同6(1859)年帰国し、5月には松陰が自賛した肖像画を描いた。

 文久2(1862)年久坂玄瑞ら同志とともに上京、藩老長井雅楽の開港論に反対して暗殺しようとしたが、果さなかった。しかし「一事寸功の見るべきものなく、いたずらに時の推移するを思い、何の面目か故郷の人に逢わん」と、粟田宮(青蓮院宮尊融法親王)の正義を慕って粟田山中で切腹した。年26。

 [贈]:正五位

 [墓]:山口県萩市椿東上野[通心寺]

 [参]:「忠節事蹟」(毛利文庫)

    「維新功労者履歴」(毛利文庫)

    「維新功労者調」(山口県)

    「維新殉難の人々と萩」


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