京都大学附属図書館 維新資料画像データベース


吉田松陰とその同志展 展示品 17

『松陰先生遺訓[二]』

[English]
解説:

 明治30年(1897)に、品川彌二郎が、恩師吉田松陰の遺訓を写し認めたもの。松陰は少年彌二郎を「彌治(二)は人物を以て勝る」と評して、嘱望しかつ鍛練を加えた。そうした松陰を品川は、終生深く敬慕して止まなかった。ここに展示したのは、双幅の遺訓の、その二である。

「無暴其氣と云は即ち無害と云と同し。害すると云暴ふと云に二樣あり。一ハ私欲を肆にし直道を以て志を持する事を忘るゝ時ハ自ら省みて愧る所あり。大に氣を暴ひ害する也。是所謂不耘苗者也。二ハ浩然の氣の至剛は爲す所道義に合ふよりして自ら生する者なり。然とも道義に合ふと合はぬをも考へす、向見すに大と剛とをなさんとするときハ一時は我慢血氣にて狂暴粗豪を以て剛も大もなすへけれとも遂には愈自ら省みて愧る所あり。武田信玄の終身論語を讀む事能はさる如き、是最も氣を暴ひ害するの大なる者なり。是所謂堰苗者也。塞乎天地之間と云ハ其效驗を云なり。浩氣然のは本是天地間に充塞する所にして、人の得て氣とする所なり。故に人能く私心を除く時ハ至大にして天地と同一體になる也。今吾一言一行の細よりして本諸身徴諸庶民考諸三王而不謬、建諸天地而不悖、質諸鬼神而無猛、百世以俟聖人而不惑、動而世爲天下道行而世爲天下法言而世爲天下則と云如くなれは、天地古今に充塞すと云べし。浩然の氣ハ古來聖賢相傳て孟子に至り發明する所學者に於て最切實なる事、故に特に是を詳にす。

 松陰二十一回猛士先生遺訓の一

 明治三十年四月二十三夜感する事のありて敬みて写し 認  尊攘堂主人やじ」


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