[釈文] [English Translation]

國女歌舞妓繪詞

[p. 3] お国歌舞妓鼠木戸の図

[p. 4] 文

都の春の花ざかり、かぶき踊りにでかけましょうよ。
「さて私は出雲大社にお仕えいたします神官でございます。私のむすめに、国と申します巫女がおりますのに、かぶきおどりというものを習わせまして、天下泰平の御代のことゆえ、都に上りまして踊らせたいと存じます。」

[p. 5] 出雲社頭の図

[p. 6] 文

故郷の出雲の国をあとに見て、末のかすんだ春日の長門の国府を過ぎてしまうと、このような御代にも大(逢う)野宿、道の狭くない広島では、訪れる神宮は厳(居着く)島、舟の泊まりにならたの浜、魚つりの牛窓、月に明石の浦づたい、さらに行く末は世の中の浪速(何)のこともよし葦(良し悪し)の、若葉に風の福(吹く)島の、港の波のおさまっているような治世にいまこそ大(逢う)阪と、いそぐ心にまもなく都に着きました。

[p. 7] お国旅中の図

[p. 8] 文

「これははや都に到着いたしましたので、心静かに洛陽(京都)の花をながめたいと思います。」
折しも時は春のこと、有名な花の都、ここやかしこの花見の遊び、花の袂を重ねながら色とりどりに裳裾を染めて、木の回り毎に円居してうたうのもとてもおもしろい。

[p. 9] 花見の図

[p. 10] 花見の図

[p. 11] 文

さて都のまわりの花の名所、地主権現や鷲の山(比叡山)に咲く桜は霊鷲山(インドの聖山)の春かと思われるもので、大原や小塩山の花盛りには今も御幸を仰ぐのでしょう。さてまた振り返ってながめれば、大内山の花、近衛殿の糸桜、千本の桜に及ぶものはないとながめ、(北野の)天神様にお参りいたします。なんと今日は正月二十五日、だれもがお参りする縁日なので、かぶきおどりを始めましょう。

[p. 12] 文

光明遍照
十方世界
念仏衆生
摂取不捨
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀

[p. 13] 文

無常なことよ
鈎にかけて どうします
心にかけなさい
阿弥陀さまの名号は
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀

[p. 14] お国念佛踊の図

[p. 15] 文

念仏の声に誘われて罪深いところ(あの世)からでてまいりましょうぞ。
「もしもしお国に申します、私を見覚えていらっしゃいませんか。昔がなつかしくて、こうしてここに参りました。」
「思いもよらず群衆の中でどなたとわかるものではございません。どなた様でいらっしゃいますか、お名前を名乗って下さいまし。」
「どなたとおたずねなさいますか。私は昔のあなたの友、よくやっていたかぶきおどりを今も忘れることがなく、狂言綺語から仏の世界に入ってしまったので、

[p. 16] 文

このように出てまいったのです。」

[p. 16] 名古屋山三郎霊来訪の桜庭の図

[p. 17] 舞台前の図([p. 14]のつづき)

[p. 18] 文

「さてはこの世の人ではないお方が、現世に出ていらしたか。」
「誰それとはっきり言わずとも、和歌の数々に袖をつらねて北(来た)野の、右近のことと夕(言う)顔の、花の名残の玉かづら、とかけても思い出しませんか。」
「やっとわかりました。さては昔のかぶき者、名古屋(山三郎)殿でいらっしゃいますか。」
「いや名古屋とはお恥ずかしい。なごやかならぬ世の中のつきあい、人の心というものは気まぐれなもの、思いがけない喧嘩で互いに今は命果ててしまったことの無念さよ。何事も忘れて、ありし昔の一節を

[p. 19] 文

うたって、さあ、かぶきおどりを踊ろう踊ろう。」
憂き世というものは生木になたをいれるようなもの、
思えばなんと気の毒なこと
お国は柚の木に登った猫のようなもの、
思えばなんと気の薬
淀の川瀬の水車はクルクル(来る来る)と
いったい誰を待っているのやら
茶屋の女に末代まで添うなら
伊勢へ七度、熊野へ十三度、愛宕さまへは月参り
茶屋の女に七つの恋慕
一つ二つは痴話にもおぼえようが
あとの五つはみな恋慕

[p. 20] 文

風も吹かないのにはや戸を閉めたんだねえ
閉めるなら閉めるでどうということもないけれど
なんとつれない方ですねえ
あなたを思えば門に立ちましょう
冷たい嵐も身にしむものではありません

[p. 20] 桜下歌舞を見るの図

[p. 21] 山三郎お国ら歌舞の図([p. 18]のつづき)

[p. 22] 文

「もしお国に申します。これはもう古くさい歌なので、めずらしいかぶきをちょっとみてみましょう。こんどは浄瑠璃もどきという歌をうたいましょう。」
それではうたってきかせましょうと、鼓の拍子を打ちそろえ、調子をしら べました。
我が恋は月が出ればむら雲がかかり、
花がさけば風が吹くようにままならぬもの、
細道に馬を走らせるように苦しいもの

[p. 22] 枝垂柳の図

[p. 23] 歌舞の図([p. 20]のつづき)

[p. 24] 文

山を越え、里をはなれて思いしのばれることよ、歌に節とは思いますけれど、吹く笛は宵のなぐさみ、小歌は夜中の口ずさみ、明け方に思いこがれれて吹く尺八は君にいつも双(添う)調、別れて後はまた会う黄(会う)鐘、春雨にぬれた枝垂柳がうちしおれているのを見るにつけても、この春(張る)葉にと。
 人と契るならば浅く契って最後まで添い遂げなさい。紅葉をごらんなさい。薄いのが散るか、濃いのがまず先に散るでしょう。散ってしまえば訪うこともなく、

[p. 25] 文

訪われることもなく互いの心が離れてしまい、慕っているのに別れたり、思ってもいないのに一緒に居たり、情とは大事なものでしょうかねえ。
かぶき踊りも、時がすぎ、見物の群衆も帰ってしまったので、名古屋(山三郎)は、もうすこし待ってもうすこし待って、歌えや舞えやと名残を惜しみ、拍子に合わせて打つ鼓のようなドロドロと鳴り響くような雷も、二人の慕い合う仲はとても引き裂くことはできまいとはいっても、むなしく別れの時が来て、お国は名残りを惜しみながら、また一節を

[p. 26] 文

おどりました。
お帰りなさいますか、名古(屋)山(三郎)さまは。
お送りしましょう木幡まで。
木幡の山路に行き暮れて、
二人で伏見(伏身)の草枕。
八千夜添うたとしても
名古(屋)山(三郎)さまへの名残惜しさは限りがない。

[p. 27] 桜庭の図

[p. 28] 歌舞を見る図([p. 27]のつづき)

[p. 29] 歌舞の図([p. 28]のつづき)

[p. 30] 文

よくよく調べますと、このお国という(巫女)は、かたじけなくも出雲大社の神様が仮のお姿でこの世に現れなさって、かぶき踊りをお始めになり、衆生の悪を祓うために、このようなかぶきの一節をお示しになったのでございます。あヽありがたいことです、ありがたいことです。

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