挿絵とあらすじで楽しむお伽草子 第8話

塩焼き文正
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■ 上巻 ■
 昔から、めでたい例は色々と伝わっておりますが、中でも身分の低い者が出世して、しかも初めから終わりまで良いことづくめで、何の悩みもなかった例となりますと、やはり常陸の国の塩焼き文正の例に尽きるでしょう。
 常陸の国、鹿島大明神の大宮司殿は、大金持ちで子宝にも恵まれ、何一つ不自由のない暮らしをしておりました。その大宮司殿に文太という下人が仕えていました。下人とはいえたいへん正直者で、気が利き、主人の命に背くことがありませんでした。そんなわけですから大宮司殿も文太のことを大変かわいがっておりました。

【立派な大宮司殿のお屋敷の様子。奥方や子供と並んで大宮司殿が奥に座っています。その前にかしこまっている緑色の着物が文太です。】
 しかしある時、文太の心を試してみようとでも思ったのでしょうか、大宮司殿は文太を呼んでこんなことを言いました。
「文太よ、お前は長年わしに仕えてくれてはいるが、何かにつけてどうも気に入らないやつだと思っていた。もうお前の顔など見とうない。どこへなりとも行ってしまうがよい。性根を入れ替えたなら帰ってまいれ」
 驚いたのは文太です。それもそのはず、たとえ千人、万人の人が大宮司殿に背いたとしても、自分だけは決しておそばを離れまい、と固く心に誓っていたのですから。けれどもこのように仰せを被ったからにはどうしようもありません。泣く泣く大宮司殿の館を出て行くことにしました。もちろん、このような仕打ちを受けたからといって、大宮司殿に対する一途な忠誠心は変わりません。生きてさえいれば、いつかきっと再びお仕えすることもできるであろうと、大宮司殿の館を後にしました。

【文太は泣く泣く大宮司殿の館を後にします。】

【文太はある海辺の塩屋を訪ねます。主人の情けでそこにおいてもらえることになりました。】
 突然暇をもらった文太は泣く泣く大宮司殿の館を後にします。
 もとよりあてなどあるはずありません。どこへ行くともなく足にまかせて行くうちに、塩焼きをする海辺にたどり着きました。文太はある塩屋に入ってみました。
「わしは旅の者じゃけんど、お慈悲じゃからここにおいてもらえねえだべか。」
 文太のふだんの心がけがよかったからでしょうか、
「よるべない者のようではあるが、気の毒な。ここにおいでなさい」
と、文太を置いてくれることになりました。
 さて、文太は塩屋に世話になり、食べさせてもらいながらも、何もすることがありません。ただただぼんやりと過ごしておりました。それを見た主人が言いました。
「お前様はどうも暇をもてあましておいでのようだ。それも気の毒なこと、何か得意なことはござらぬか」
「そんなものはねえだ。ただ馬の世話ならできる」
「しかしうちは塩を焼いて売るところだから、それでは役に立たぬなあ。そうじゃ、塩を焼くには薪が必要なのだが……。」
「そんなのはおやすいご用だ」
 文太はそれから毎日薪を取りに行きました。もとよりたいそう力持ちでしたので、他の人が五、六人かかって運ぶ薪を一人で集めてしまいます。主人はこれはこれはまたとない者だと大変喜びました。

【力持ちの文太は軽々と重い薪を拾い集めてしまいます。塩屋の主人も満足そうです。】

【美味しくて身体にもよい文太の塩は大人気。飛ぶように売れて行きます。】
 このようにして何年かたつうちに、文太は自分でも塩を焼きたいと思うようになりました。そこで主人に、
「今まで働いてきたお返しに、塩釜をひとつもらえねえべか。あんまり暮らしが不安定じゃから、わしも自分で塩を焼いて売りてえだ」
と頼みますと、前から文太を何かと気の毒に思っていた主人は、気前よく塩釜を二つくれました。
 それからというもの、文太は塩を焼いて売るようになりました。文太の塩は美味しいばかりでなく、病気も治るし気分もよくなるとの評判で、飛ぶように売れます。おかげで文太は、またたく間に大金持ちになりました。しかも、文太の塩釜はふつうの十倍もの量を焼くことができたのです。塩売り商人たちが「文太殿の塩」と名付けた塩は、大量に生産されて行きました。世間の人々は不思議に思いましたが、悪口を言う者もなく、文太の成功をほめそやすばかりでした。
 やがて文太は、文正つねおか殿と呼ばれるようになりました。このお話でも、これからは文正と呼ばねばなりますまい。
 文正は立派なお屋敷をつくり、広い敷地のあちこちに蔵を建てて、金銀財宝を積み上げました。常陸の国の貧しい者たちは、「文正はもともと賤しいやつだが、そんなことはかまわない、要は給料のよしあしだ」とばかりに、こぞって文正のもとに集まってきます。そんなわけで、文正は何百人もの男女を召し使うようになりました。
 ある時文正は、おもだった家来たちを呼び出しました。
「お前たちに預けておる財産がどれだけあるか、それぞれ書いてみろ」
家来たちは、
「あまりに多すぎて、とても数えきれません」
と口々に申しますので、文正は我ながら感心してつぶやきました。
「たとえ帝様でも、わしほどの金持ちではあるめえ」

【お金持ちになった文正は立派な屋敷に住み、たくさんの家来を召し使うようになりました。家来が文正に財産が多すぎて数えられないと報告しています。】

【久しぶりに大宮司殿に呼ばれ、喜んで参上する文正。大宮司殿は文正に子供の大切さをとくとくと語ります。】
 ただ、これほどの果報者でありながら、後を継ぐ子供は一人もおりません。でも、文正本人はあまり気にしていないようでした。
 ある人が、文正の噂を大宮司殿の耳に入れました。
「昔、お宅にお仕えしておりました文太という下人は、塩を焼いて売っているうちに大金持ちになって、『たとえ帝様でもわしにはかなうまい』などと申しておるそうです。一度お召しになってはいかが」
 大宮司殿はめずらしい話だと思い、早速文正を呼びにやりました。
 文正は、久しぶりにお呼びがかかったのがうれしくてたまらず、すぐにやってきて、庭先に控えておりました。大宮司殿はそれを見て、
「身分は低いやつだが、これほどの果報者なのだから」
と思い、もっと近くへ来るように言いました。文正は恐縮するばかりです。それでも何度も呼ばれるので、これ以上遠慮するのはかえって失礼であろうと、縁側に上がりました。
「文太よ、お前は、大金持ちになったことを自慢するあまりに、『たとえ帝様でもわしにはかなうまい』などと、おそれ多いことを申しておるそうだな」
「おそれいりましただ。手前のようなつまらぬやつが、こげな金持ちになるとは、てえしたことだと思うあまり、あさはかなことを申しましただ」
「どのぐらい財産があるのだ。隠さず申せ」
「ご主人様に隠しごとなんぞ、とんでもねえ。金銀や綾錦は山のよう、屋敷のあちこちに建てた蔵の数は、数え切れないほどでごぜえますだ」

【文正は大宮司殿に自分の財産が数え切れないほど多いことを話します。蔵には米俵がぎっしりです。】

【家に帰るなり文正は女房を呼びつけて追い出そうとします。女房はびっくり。】
「なるほど、果報者じゃわい。ところで、子供は何人おる」
「一人もごぜえませんだ」
「それはいかん。人間という者はの、子供が何よりの宝なのじゃ。どれほど財産を持っていようと、子供がいなければ、いずれみな他人のものになってしまうぞ。それよりはいくらか神仏に寄進して、一人でも子供を授かるよう、お願いしてみるがよい」
 文正はなるほどと思い、すぐに我が家へ帰ると、有無をいわさず女房を追い出そうとしました。女房としては寝耳に水。
「めずらしく大宮司殿からお呼びがかかっていたと思ったら、突然私を追い出そうとするなんて。大宮司殿に、新しい奥さんを世話してやるとでも言われたのかしら」
と疑いました。
「どうしてこんなに急に出て行けなんて言うの。きっと大宮司殿から何か言われたのね。それとも、どこかの娘さんを好きになったの。そうだとしても、ちゃんと理由を言って追い出すのが筋でしょう。長年連れ添ってきたかいもない……」
 文正は、女房が怒るのも無理ないことと思ったようです。
「大宮司殿のご命令でもねえし、ほかの女に心変わりしたっちゅうわけでもねえ。決してお前のことをあだやおろそかには思っておるわけではねえが、大宮司殿が『子供こそ何よりの宝だ』と言わしゃったのが、身にしみたんじゃ。それで、お前にはこどもができねえから追い出すなどと言ってしもうたんじゃ。男の子でも女の子でもええ、一人産んでくれろ」
「何を言うのです。よくお聞きなさいよ。私たちは、あなたが二十歳、私が十三歳の歳から連れ添っていながら、もう四十歳になるまで子供ができなかったのですよ。それなのに、どうしてこの年になって産むことができましょう。そういうことなら、若い奥さんをもらって、産ませたらいいでしょう」
 文正は、
「連れ添って三十年にもなる女房を、子供がほしいからといって離縁などすれば、人聞きもよくねえなあ。大宮司殿も、神仏にお願いせよと言わしゃったのじゃから」
と考え直して、
「今さら離縁なんぞできるもんか。大宮司殿も言わしゃったように、宝物を神仏に差し上げて、子供を授けて下せえとお願いしてみるべ」
「そうね、神様や仏様のお力添えがなければ、生まれっこないわ。さあ、お参りしましょう」

【文正は大宮司殿に子供が何よりの宝だと言われたことを話して聞かせます。神様仏様に子供を授けてもらおうということになりました。】
 そこで二人は、七日間精進潔斎しました。都には霊験あらたかな神仏がおいでのようですが、遠すぎますので、常陸の国の守護神である鹿島大明神にお参りしました。いろいろな宝物を奉納して、三千三百三十三度の礼拝を毎日続けて、子供を授かるようにお願いしました。

【文正夫婦は鹿島の大明神に参詣し、子供を授けてくれるように祈ります。】
 七日目の夜、文正は夢を見ました。神殿の扉がギーッと開いたかと思うと、神様が非常に気高いお声で、
「なんじの願いの筋は、いかにも聞き捨てにできぬゆえ、この七日間というもの方々を探し回ったが、なんじに授ける子供はいずこにも見あたらぬ。さりながら、格別のはからいによって、これを遣わす」
とおっしゃって、二房の蓮華の花を下さいます。それを右の袂に入れたと思ったとたん、目が覚めました。文正は、夢のお告げを大変喜びながら、家に帰りました。
 その後まもなく、女房がみごもりました。文正はこの上なく喜んで、
「どうせなら、板東一の男の子を産んでくれろ」
などと申しておりました。
 やがて九ヶ月がたって、それはそれは美しい女の子が生まれました。
「あれほど約束しておったでねえか! なのに、なんで女の子を産んだべか!」
と、文正は怒りましたが、常陸殿という年輩の侍女に、
「子供は女の子の方がよいのですよ」
となだめられて、思い直したのでしょうか、
「そんならすぐ連れて来い」
と言いつけました。さて、赤ん坊を見てみると、またとなくかわいらしい女の子です。文正は、乳母や世話役の侍女たちも美しい者をよりすぐって、この姫君を大切に育てました。

【文正夫婦に玉のような女の子が生まれました。乳母や侍女をそろえて大切に育てます。】
 するとまた翌年、女房は再びみごもりました。そして、もっと美しい光り輝くばかりの女の子を産みました。生まれたと聞いて喜んだ文正は、
「今度は男かの。女かの」
と尋ねました。姉君の時も女の子だとしかられましたので、まして今度もまた「女の子です」などと言おうものなら、もっとご機嫌が悪かろうと思って、誰も答えません。それでも何度も何度も尋ねられて、
「例のとおりです」
と答えました。すると文正は、
「わがあるじ大宮司殿は、十人のお子さんをお持ちじゃが、男の子か女の子か、どちらかじゃ。『例のとおり』などという子があるもんか」
と言って、なおも尋ねてきます。仕方なく、
「女の子です」
と答えると、案の定、たいそう腹を立てて大声でわめきました。
「一人目の時も約束を破って女の子を産んだでねえか。なんでまたわしの言いつけに背いて、女の子を産んだべか! もうええ、その子を連れて出て行っちまえ」

【文正は美しい二人の娘たちを大切に大切に育てました。美しい侍女たちがたくさんお仕えしています。】
 その時、年輩の侍女たちが口々に申しました。
「なんと考えの浅いことをおっしゃいますことやら。男の子などは、どんなに立派に育ったとしても、大宮司殿に召し使われるのが関の山です。それに比べて、美しい姫君には、立派な大名様がお婿さんにならないとも限りません。あの大宮司殿のご子息様でも、お婿さんにすることができるかもしれませんよ」
 「この姫君たちのご器量は、日本一とお見受けします。美人という噂が広まれば、この国の大名様はいうまでもなく、都のお公家さんの北の方におなりになるかもしれません」
 「この上ないご縁だとお思いになりませんか。いくら運がよくていらっしゃっても、姫君のおかげでなくては、どうして高い身分になることができましょう。美しい姫君は願ってもないことだとお思いになりませんか」
 そこで文正は、なるほど女の子もよいものだと思い直して、赤ん坊を連れてこさせました。姉君よりもっと美しい子でしたので、姉君の時と同じように、乳母や世話役の侍女も、美しい者をとりそろえて仕えさせました。姉君には蓮華御前、妹君には蓮(はちす)御前という名前をつけました。
 月日がたつにつれて、姫君たちはますます光り輝くように成長しました。やがて姉君は十一歳、妹君は十歳になりました。誰に教わるともなく、それぞれ琵琶や琴を大変上手に弾きました。四季折々の景物を楽しみ、歌を詠んだり詩を作ったりして、優雅に暮らしておりました。また、何事につけてもこの世の無常を観じて、仏の教えをよく勉強し、この世ばかりでなく来世のことまでも熱心に祈るのでした。
 両親は、二人のすばらしい有様に喜んで、わが子ながらおろそかにはできないと思い、自分たちの屋敷の北側に、まるで極楽浄土か竜宮城かと疑うばかりの立派な屋敷を建てて、姫君たちを住まわせました。二人のおそば近く仕える侍女から下女にいたるまで、器量も気立てもすぐれた者を選んで、大切に育てている様は、まるで天女が空から舞い降りてきたかのようです。
 この姫君たちの評判を聞いて、近国の大名たちは、我も我もと競って恋文を送りましたが、全く相手にされません。姫君たちは、つねづね、
「どうして私たちは、こんな田舎に生まれたのかしら。花の都で優雅な暮らしをしてこそ、この世に人間として生まれてきた甲斐もあるでしょうに」
と嘆いており、帝のお妃やお公家さんの北の方になることを夢見て、平凡な結婚などとんでもないと思っていたのです。
 文正はというと、大名たちからの求婚を名誉なことと喜び、娘たちにもさとすのですが、全く聞き入れません。そんなことが何度も続いたので、大名たちが姫君を奪いに来るのではないかと心配し、家来を集めて厳しく守らせました。すると大名たちは、姫君の物詣での途中に襲って奪い去ろうとねらいました。文正はそのことを知って、屋敷の西側に立派な黄金のお堂を建て、阿弥陀仏をはじめありとあらゆる仏様の像を安置して、姫君たちに拝ませました。こういうわけで、大名たちはなすすべもなく、ただ片思いに胸を焦がしていました。

【物詣での時に姫君たちがさらわれては大変と、文正は屋敷の近くに姫君たち専用の立派なお堂を建てました。】

【大宮司殿が文正の娘を息子の嫁にほしいと仰せです。文正は天にも昇るような気持ちです。】
 大宮司殿は、こうした噂を聞きつけて、文正を呼び寄せました。
「聞くところによると、お前には光るように美しい娘たちがおって、大名たちからひっきりなしに求婚されているそうだが、本当か。その娘は、他人の嫁にしてはならぬぞ。わしの息子たちの中のいずれかを婿にせよ」
 文正は、「女の子っちゅうのは、まっことええもんじゃ。男の子じゃったら、どねえに期待したところで、大宮司殿に召し使われるのが関の山じゃろうに。その大宮司殿と親戚になれるとは、めでてえこった」と思い、
「かしこまりましただ。娘どもに伝えてから、お返事いたしますだ」
と答えて、家に帰りました。


中巻へつづく

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