京都大学附属図書館創立百周年記念公開展示会図録


お伽草子の世界へ

柴 田 芳 成
(京都大学大学院文学研究科
国語学国文学専修)

 「お伽草子」とは室町時代から江戸時代の初期にかけて作られた、四百種余りの比較的短編の物語を広くさしていう言葉です。今から五、六百年前の人々の間で生まれ、育てられた様々な物語の全体です。「御伽草子」という言葉は江戸時代から使われているのですが、現代語に訳して「おとぎ話」、という訳にはいきません。「おとぎ話」では収まりきらない、あらゆる物語が含まれているといってよいでしょう。そしてそれぞれの物語のそこここに当時の人々の思いが見え隠れしています。

 その多岐にわたる物語の全体像を捉えるため、色々な分類方法が考えられてきました。現在では物語の主人公や舞台に注目して六つに分けるのが一般的になっています。では今回の展示作品にふれながらそれらを紹介していきましょう。
  1. 公家物…主人公を貴公子や姫君とした作品で、平安時代以来の物語に通じるといえます。先行する作品に倣ってよく似た構想の物語が作られることも多かったようで『しのひね物語』と『雨やどり(しぐれ)』『緑弥生』は一つのグループをなしています。『鉢かづき』『いはや』などの継子物も人気のあった物語です。また歌人や和歌説話を基にしたものもここに含めて考えます。
  2. 宗教物…僧侶を主人公とし、稚児との恋愛を描く『秋の夜長物語』『花みつ』や発心の次第が語られる『くるま僧』があります。人間として苦悩を経験した神仏の起源を語る『くま野』『きふねの本地』など本地物と呼ばれる作品も数多く、この時代を代表するものです。
  3. 武家物…武士を主人公としたもので、平家物語に取材した『ぎわう』のほか、特に人気のあった義経、弁慶に関しては『しやうるり』『弁慶物語』があります。また『はもち中納言』では地方武士が主人公です。この方面は語り物との関係が深いのですが、特別展示される『しつか』『ゑほしおりさうし』もその内の幸若舞曲とよばれる作品です。
  4. 庶民物…上の1、2、3に属さない庶民を主人公とした作品。それまでの文学作品の中には登場することすらなかった人々が主人公として描かれています。『ふんしやう』や『物くさ太郎』『さるげんじ』などは立身出世を語ります。『浦島太郎』『一寸法師』(御伽文庫)などのように現在も昔話として知られるものもあります。
  5. 異国・異郷物…物語の舞台を日本以外とするもの。『二十四孝』『蛤の草子』(御伽文庫)のように現実の外国である場合(異国)と『ほうらい』『ふじの人あなさうし』のように空想上の地である場合(異郷)とがあります。
  6. 異類物…人間以外のものを主人公とした物語。人間との交渉を描く『雁のさうし』『玉水物語』がある一方で、動植物同士の恋愛(『ふくろふ』)や合戦(『あろ物語』   『草木太平記』)、器物の発心(『付喪神』)を扱う作品群があります。
 大まかな分類としては以上のようになりますが、実際にはそれぞれいくつかの要素が組合わされて作品を成り立たせています。このような分類は現在わたしたちが過去の文化を知る一方法として作り出したものであって、当時これらの物語に興味を抱いた人々がそれぞれの作品の性格についてどれほど自覚していたかはわかりません。当然のことながら物語としての面白さが一番の要件だったはずです。

 「お伽草子」の全体像はさておくとして、一つ一つの物語はどのように語られているのでしょう。室町時代に現代のわたしたちに直接通じてくるような文化の基礎が作られたといいます。日本語も例外ではありません。展示されているような文字を読みとっていくのは大変ですが、現代の文字に置き換えさえすれば、お伽草子の文章はそのまま読んでもなんとか理解することができます。そしてそこには何かしらリズムのようなものが感じられると思います。当時の読書の方法は黙読ではなく、音読が多かったと考えられており、物語は語られ、聞かれる作品としてあったのです。

 そのような物語のあり方をうかがわせる特徴として、物語を紡いでいく語句の中には、繰り返しが多かったり、別々の作品なのによく似た言い回しがあったりします。たとえば、ある部屋の東西南北に春から冬まで一度に四季の景色が見渡せる場面、また意外な出来事に直面した主人公が思わずもらす「これは夢かや、うつつかや」というセリフなど、いくつか作品を眺めてみればすぐに出くわすことでしょう。現代的な感覚からすると芸がないようにも思えますが、それらの物語を育てた人々には落ち着きのよい表現だったのです。

 さて物語を読み進めていくと、しばしば本来の物語の筋とは別に次々と小さな話題に行き当たることがあります。恋人への手紙の中に『伊勢物語』で有名な業平の例を引いたりするのがそれです。そういった話題には平安・鎌倉時代の作品や学問を踏まえたものもたくさん盛り込まれています。お伽草子には、それまでは限られた人たちしか知らなかった様々な知識を広く伝える教育的な役割もあったのです。『東勝寺鼠物語』の中で辞書のようにある事柄に関する言葉がいくつも並べ立てられているのもその表れです。

 物語を読んで楽しいばかりでなく、それが何かのためになれば幸いです。物語の最後をめでたさや教訓めいた文句で結ぶ作品があります。いま例はあげませんが、そこにも当時の人々の間での物語の受け止められ方が見えてきます。

 「お伽草子」はまた「庶民の文学」と呼ばれることもあります。それは庶民を中心に据える作品があるからだけではありません。ほとんどの作品で作者が分かっておらず、多くの人々の間で語り伝えられるなかで作られていった文学なのだということです。「お伽草子」が生まれた背景には、それまでは都近くか限られた地域だけで行われていた戦乱が日本全体を巻き込むほどに広がった時代、その一方で庶民が地道に力を付けつつあった社会がありました。それゆえ物語の中では、平和や豊かさへの願いとともに、庶民の明るい笑い声も包み込んだ世界が展開されていくのです。

 では、わたしたちとのつながりはどうでしょう。前に庶民物の紹介にあげたように『浦島太郎』『一寸法師』といった昔話として知られる作品も中にはありますが、それはほんの一部にすぎません。残念なことに現代のわたしたちはまるで知らない物語の方が多いのが事実です。今回の展示にあたっては、物語に添えられた絵を中心に見ていただくことを目指しました。添えられたといっても中には豪華な絵が中心であるような作品もあります。絵は物語の世界をイメージするのに役立ちます。展示された作品の中にも色々な種類の絵があります。本格的な大和絵の手法を取り入れているもの、お世辞にも上手とはいえないけれど愛らしさのただようもの、印刷され色がつけられたもの、などなど。そこにある文字は直接読めなくても、絵なら見ればわかります。これらの絵を前にした時こそ、わたしたちが時間の隔たりを飛び越えて当時の人々と最も近い位置で物語を鑑賞する瞬間になるのではないでしょうか。

 さあ色々な物語がつまった玉手箱は準備できました。あとはみなさんがそのふたを開けてくださるのを待つばかりです。

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