京都大学附属図書館創立百周年記念公開展示会図録
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柴 田 芳 成
(京都大学大学院文学研究科 国語学国文学専修) 「お伽草子」とは室町時代から江戸時代の初期にかけて作られた、四百種余りの比較的短編の物語を広くさしていう言葉です。今から五、六百年前の人々の間で生まれ、育てられた様々な物語の全体です。「御伽草子」という言葉は江戸時代から使われているのですが、現代語に訳して「おとぎ話」、という訳にはいきません。「おとぎ話」では収まりきらない、あらゆる物語が含まれているといってよいでしょう。そしてそれぞれの物語のそこここに当時の人々の思いが見え隠れしています。 その多岐にわたる物語の全体像を捉えるため、色々な分類方法が考えられてきました。現在では物語の主人公や舞台に注目して六つに分けるのが一般的になっています。では今回の展示作品にふれながらそれらを紹介していきましょう。
「お伽草子」の全体像はさておくとして、一つ一つの物語はどのように語られているのでしょう。室町時代に現代のわたしたちに直接通じてくるような文化の基礎が作られたといいます。日本語も例外ではありません。展示されているような文字を読みとっていくのは大変ですが、現代の文字に置き換えさえすれば、お伽草子の文章はそのまま読んでもなんとか理解することができます。そしてそこには何かしらリズムのようなものが感じられると思います。当時の読書の方法は黙読ではなく、音読が多かったと考えられており、物語は語られ、聞かれる作品としてあったのです。 そのような物語のあり方をうかがわせる特徴として、物語を紡いでいく語句の中には、繰り返しが多かったり、別々の作品なのによく似た言い回しがあったりします。たとえば、ある部屋の東西南北に春から冬まで一度に四季の景色が見渡せる場面、また意外な出来事に直面した主人公が思わずもらす「これは夢かや、うつつかや」というセリフなど、いくつか作品を眺めてみればすぐに出くわすことでしょう。現代的な感覚からすると芸がないようにも思えますが、それらの物語を育てた人々には落ち着きのよい表現だったのです。 さて物語を読み進めていくと、しばしば本来の物語の筋とは別に次々と小さな話題に行き当たることがあります。恋人への手紙の中に『伊勢物語』で有名な業平の例を引いたりするのがそれです。そういった話題には平安・鎌倉時代の作品や学問を踏まえたものもたくさん盛り込まれています。お伽草子には、それまでは限られた人たちしか知らなかった様々な知識を広く伝える教育的な役割もあったのです。『東勝寺鼠物語』の中で辞書のようにある事柄に関する言葉がいくつも並べ立てられているのもその表れです。 物語を読んで楽しいばかりでなく、それが何かのためになれば幸いです。物語の最後をめでたさや教訓めいた文句で結ぶ作品があります。いま例はあげませんが、そこにも当時の人々の間での物語の受け止められ方が見えてきます。 「お伽草子」はまた「庶民の文学」と呼ばれることもあります。それは庶民を中心に据える作品があるからだけではありません。ほとんどの作品で作者が分かっておらず、多くの人々の間で語り伝えられるなかで作られていった文学なのだということです。「お伽草子」が生まれた背景には、それまでは都近くか限られた地域だけで行われていた戦乱が日本全体を巻き込むほどに広がった時代、その一方で庶民が地道に力を付けつつあった社会がありました。それゆえ物語の中では、平和や豊かさへの願いとともに、庶民の明るい笑い声も包み込んだ世界が展開されていくのです。 では、わたしたちとのつながりはどうでしょう。前に庶民物の紹介にあげたように『浦島太郎』『一寸法師』といった昔話として知られる作品も中にはありますが、それはほんの一部にすぎません。残念なことに現代のわたしたちはまるで知らない物語の方が多いのが事実です。今回の展示にあたっては、物語に添えられた絵を中心に見ていただくことを目指しました。添えられたといっても中には豪華な絵が中心であるような作品もあります。絵は物語の世界をイメージするのに役立ちます。展示された作品の中にも色々な種類の絵があります。本格的な大和絵の手法を取り入れているもの、お世辞にも上手とはいえないけれど愛らしさのただようもの、印刷され色がつけられたもの、などなど。そこにある文字は直接読めなくても、絵なら見ればわかります。これらの絵を前にした時こそ、わたしたちが時間の隔たりを飛び越えて当時の人々と最も近い位置で物語を鑑賞する瞬間になるのではないでしょうか。 さあ色々な物語がつまった玉手箱は準備できました。あとはみなさんがそのふたを開けてくださるのを待つばかりです。 |
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