挿絵とあらすじで楽しむお伽草子 第2話

物くさ太郎
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※本書は上巻を欠いているため、同様の本文を持つと考えられる渋川版御伽文庫本(請求記号4/40/オ1)によって、上巻の内容を補いました。


■ 上巻 ■

 信濃国筑摩郡あたらしの郷という所に、おかしな男が住んでおりました。名前を物くさ太郎ひぢかすと申します。どうしてこのようなへんてこな名前がついているかと申しますと、この男が大変なものぐさ者だからなのです。

 この男、竹を四本立てて、薦をかけただけの家に住んでおりました。おかげで垢やノミ・シラミにだけは不自由しません。商売をするわけでもなく、かといって田畑で働くわけでもなく、ただ一日中のんべんだらりとねそべっておりました。
上巻第一図
【だらだらと一日を過ごす物くさ太郎】


 ある時、太郎にお餅を五つくれる人がありました。喜んで四つをいっぺんに食べてしまいます。残るお餅はたった一つ。太郎はそれを大事に大事に取っておくことにしました。 寝ころんだまま、お餅をもてあそんでいる内に、お餅がころころと道に転がっていってしまいました。

「取りに行くのも面倒だ。まあそのうちに誰か通ったら取ってもらおう。」
 竹の竿で烏や犬を追い払いながら三日待ちました。ようやく地頭の左衛門尉のぶよりが通りかかります。

上巻第二図
【太郎の家の前を通る地頭の一行】

「もうしもうし、そこにある餅を取ってくださらんかのう。」
 地頭は無視して通り過ぎようとします。
「あの餅を馬から下りて拾うくらいわけないことだろうに、とんだものぐさ者だ。あれでよく地頭がつとまるものじゃ。」
 それを聞いた地頭は、
「あれがかの有名な物くさ太郎か。おい、お前はどうやって命をつないでおるのじゃ。」
「へえ、人に食べ物をめぐんでもらっております。」
「わしが助けてやるから畑作りでも商売でもしたらどうじゃ。」
「めんどくせえからいやじゃ。」
「むむむ、それならばこうしよう。」
 地頭は領内へお触れを出しました。
「この物くさ太郎に毎日食事を二度、酒を一度与えよ。さもなければわが領地から出ていけ。」
 なんと理不尽なことと思いつつ、人々は仰せの通り、太郎を三年養いました。

 
 三年目の春のことでした。国司殿からあたらしの郷に働き手を一人京に上京させよとの仰せが下りました。百姓たちが誰を差し出そうか困っていると、物くさ太郎に上京させようと言い出す者がおりました。ついでに厄介ばらいもできるというわけです。そこでみんなで太郎をおだててそのお役目を押しつけようということになりました。

「太郎どの、京へ上ってお役目を果たして下さらぬか。それというのもそなたのためじゃ。男というものは、妻をもらってこそ一人前というもの。都へ上って妻をもらい、一人前になられよ。」
「そういうことなら承知した。早く上京させてくれ。」
 太郎は一人都へ向けて旅立ちました。
上巻第三図
【都へ旅立つ太郎】
  
 さて、都の人々は太郎を見て汚さにびっくり。それでも太郎はお役目を真面目にこなしましたので、予定よりも長く召し使われました。
 そろそろ国へ帰るということになりました。でも肝心のお嫁さんは見つかっていません。
太郎は宿の亭主に相談しました。
「それならば辻取をするがよい。」
「辻取とは何ぞや。」
「男を連れず、輿や車にも乗っていない女房の中から、気に入ったのを見つけて捕まえることじゃ。清水寺へ行って狙うがよい。」

 太郎は勇んで清水寺にでかけました。その時の太郎は信濃にいるうちから一度も着替えたことのない真っ黒な着物を着て、腰に縄を巻き、草履に杖といった出で立ちでした。清水の門のところで大手を広げて待ちかまえます。なんと恐ろしげな様子でしょう。
上巻第四図
【清水寺の門前で仁王立ちになる太郎】


 太郎が日暮れまで品定めをしていると、一人の女房が目に留まりました。年の頃は一七、八。その美しさはこの世のものとも思われません。これもまた美しい下女を一人お供に連れています。
「この女こそわが嫁にふさわしい。早くこっちへ来い。抱きついて接吻してやろう。」
 太郎は大手を広げて待ち受けています。
 女房の恐ろしさといったらありません。どうにかして避けようと回り道をします。太郎は逃がすまいと迫ってきます。汚い顔を女房の笠の中へにゅうっと突っ込み、腰に抱きついて離れません。
上巻第五図
【女房に抱きつく太郎】

 女房は必死で太郎から逃れようとあれこれ謎をかけますが、太郎はすぐにそれを解いてしまいます。
「ここでは人目もございますから、わたくしの住まいへおいで下さいませ。」
「それはどこじゃ。」
「『松のもと』という所でございます。」
「松(松明)の下は明るい、つまり明石(明し)のことじゃな。」
 女房は今度は歌を詠みかけて逃げようとします。
「思ふならと訪ひても来ませ我が宿はからたちばな唐橘の紫のかど門」
 太郎がちょっと考えたすきに、女房は太郎を振り払い、裸足で逃げ出します。
「女房、どこへ行かれるのか。」
 太郎も必死で追ってきます。

■ 下巻 ■

 女房は力の限り走って逃げます。勝手知ったる道ですから、とうとう太郎を振りきって逃げ切りました。太郎は地団駄踏んで悔しがりましたがどうしようもありません。

 そういえば「唐橘紫の門」と言っていたと思い出し、侍所でたずねてみると、
「七条の末、豊前守殿の御所には唐橘紫があったはずじゃ。行ってたずねてみよ。」
とのこと。行ってみると果たしてその通りです。けれどもあの女房は見あたりません。太郎は縁の下に隠れて様子をうかがうことにしました。

 女房は侍従の局と呼ばれる女房でした。仕事が終わってなでしこという下女を呼びよせます。
「まだ月は出ないのかねえ。それにしても清水であったあの男はどうしたかしら。こんなに暗いところで出くわしたら命はないでしょうねえ。」
「なんの、どうしてここまで参りましょうか。噂をすれば影ということもございますから、うかつにそのようなことをおっしゃいますな。」
 太郎は縁の下でこれを聞いて、女房をみつけたと大喜び。
「お前様のために苦労したぞ。」
と縁の上へ飛びあがりました。女房は生きた心地もしません。部屋に逃げ入り、どうしてあのような者に思いをかけられるのかと嘆き悲しみます。
下巻第一図
【縁の下から女房の様子をうかがう太郎】


下巻第二図
【出された食べ物のなぞ解きをする太郎】
 外では番の男たちが騒ぎ始めました。
 女房は、「ただでさえ女は罪深いものというのに、あの男が門番に殺されたりしてはどんな罰があたるかわからない。今夜だけは泊めて、明日の朝、何とかすかして出て行かせよう。」 と考えて、古い畳を差し出します。

 太郎はその上に横になり、お腹を空かせています。女房は栗柿梨を籠に入れて、塩と小刀を添えて与えます。太郎は、
「ははあ、木の実をいろいろ一緒にしてよこしたのは、わしと『一緒になろう』ということだろう。栗は『繰り言を言うな』ということか。梨は自分には夫も恋人も『無し』ということだな。さて柿と塩は、 津の国の難波の浦のかきなればうみわたらねど塩はつきけり 〈津の国難波の柿(牡蠣)なので、熟してはいないけれど(熟みわたらないけれど・海を渡らないけれども)塩がついているのだ。〉 というところか。」
 女房はこれを聞いて、見かけによらない太郎の心深さに驚きます。紙を十枚ほど与えてみると、
「ちはやふるかみを使ひにたびたるはわれを社と思ふかや君
〈神(紙)を使いに与えるとは、あなたはわたしを社だとおもっているのだろうか。〉」
と書いてきます。

 女房は観念し、太郎に立派な衣裳を与えます。太郎は大喜びですが、何せ大口袴(おおくちばかま)や直垂(ひたたれ)など着たことがありません。下女がとりつくろって着せ、埃やシラミだらけの髪を烏帽子に押し込んで、女房のもとへと案内します。
 太郎はぴかぴかに磨き上げられた廊下など歩いたことがありません。つるりつるりと滑りながらやってきます。女房の部屋に入ったかと思うと、すってんころりんと転んでしまいました。よりによって女房が宝物にしている琴の上にお尻をついてしまいます。女房は涙を浮かべて、
「今日よりはわが慰みに何かせん
〈大切な琴が割れてしまったので、今日からは何を慰めとしようか〉」
と詠むと、太郎は
「ことわりなればものも言われず
〈仰せはもっとも(理・琴割り)なので何とも申しようがありません〉」
と返歌しました。

 女房はこの歌に感動し、これも前世からの約束事なのだろうと思い、太郎と深い契りを結びました。
下巻第三図
【女房と結ばれる太郎】



 さて、女房は下女を二人太郎につけ、七日お風呂に入れて洗わせました。七日目になると、あら不思議、太郎は玉のように美しくなりました。その後も日に日に美しくなっていきます。歌や連歌の才能はすばらしく、容姿もどんな貴族にも負けません。

 太郎の評判はやがて帝の耳にも入るようになり、内裏に参内するようにとの宣旨が下りました。太郎は帝の前でも立派な歌を詠みます。

帝は感心して太郎に先祖を尋ねますが、
「先祖もございません」 との返事。
下巻第四図
【帝と対面する太郎】
 それならばと信濃国の目代へ問い合わせてみると、文書を探し出してきました。開いてみると、驚いたことに、太郎は仁明天皇の第二皇子、二位の中将が信濃へ流され、善光寺の如来に祈ってもうけた子供であることがわかりました。
 帝が太郎を信濃の中将に任命したので、太郎は女房と二人、故郷のあたらしの郷へ帰ることになりました。
 今度は以前とはうって変わって立派なお屋敷で、多くの家来にかしづかれての暮らしです。たくさんの子供にも恵まれ、百二十歳まで長生きしました。

 その後、太郎はおたがの大明神、女房はあさいの権現という恋の神様になり、恋する人々の願を叶えたということです。めでたし、めでたし。

下巻第五図
【おたが明神のにぎわい】

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