挿絵とあらすじで楽しむお伽草子 第1話

玉水物語
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■ 上巻 ■

【お姫様に一目惚れするきつね】
 昔、鳥羽のあたりに高柳の宰相という人がいました。三十歳を過ぎても子供に恵まれませんでしたので、神仏に祈ったところ、めでたく姫君が誕生しました。よろこんで大切に大切に育てます。

 姫君は十四、五歳になりました。美しさは光るようです。その上和歌も上手でした。両親は宮仕えに差し上げようと思っていました。

 ある夕方、姫君は乳母子の月さえという女房ばかりをお供に連れて、花の園へ出かけ、花とたわむれて遊んでいました。

 ところが、実はこのあたりはきつねの住みかでした。その中の一匹が姫君を見つけ、
「何て美しいお姫様だろう。よそからでもかまわないから、時々お姿を拝見したいものだ……」
とたちまち恋に落ちてしまいました。

 姫君が帰ってしまったので、きつねも仕方なく巣穴へ帰ってきました。
「どうしてぼくはきつねなんかに生まれてしまったんだろう。立派な男の人に化けてお姫様の恋人になろうか……。いやいやきつねと結ばれては、お姫様の命が危ない。そんなことはできない。」
 いろいろ思い悩んで、食べ物も喉を通りません。もしかしてもう一度姫君に会えるかと思い、花園へさまよい出ると、人に見つけられ、石を投げつけられてしまいました。
 どうにかして姫君の姿だけでも見ていたい。きつねはある方法を思いつきました。

 ひとりの在家信者で、子供が男ばかりであることを嘆いている人がいました。きつねは十四、五歳のきれいな娘に化けてその家をたずねました。
「わたくしは西の京のあたりに住んでいましたが、訳あってひとりぼっちになってしまいました。ここにおいていただけませんか。」
 主の女房は、
「おいたわしいこと。これからはわたくしを親とお思いなさい。ちょうど女の子がいなくてさみしかったところですから。」
と、喜びました。

 娘はその家で大事にされましたが、打ち解ける様子もありません。それどころか時々は泣いているようです。
「もし恋人でもいらっしゃるなら隠さずおっしゃいまし。」
「決してそんなことはありません。このような身ですから、人並みに結婚しようなどとは思っておりません。ただ、美しいお姫様などのお側にお仕えしたいと思っております。」
「そんな風にお考えでしたら、高柳殿の姫君のもとにいらっしゃるのがよろしいでしょう。頼んで差し上げましょう。」
 娘のうれしさは言うまでもありません。

【娘に化けてある在家信者をたずねるきつね】
 とうとう姫君のもとにお仕えすることになりました。姫君も美しい娘を見て喜んでいます。
 玉水の前という名前をつけてもらいました。月さえと同じく、朝夕離れずお側にお仕えします。

 ただ、玉水はお庭に犬などがやってくると真っ青になってこわがります。姫君はかわいそうに思って、御所中に犬をおかないことにしました。

 このように、人もうらやむようなご寵愛なのですが、玉水は思い悩んだような和歌を詠んだりします。姫君はとても心配です。
 養母は実の親よりもこまやかに、玉水に手紙をよこしたり、衣裳などを送ってくれたりします。



【紅葉の季節】
 姫君にお仕えするようになって三年目の秋のこと、紅葉合をしようということになりました。玉水は夜更けにお屋敷を抜け出して、きつねの姿に戻り、兄弟のもとへやってきました。玉水が死んだものと思っていた兄弟たちは大喜びです。
「この三年、高柳殿にお仕えしていました。実は明日、大事な紅葉合があるのです。何とかして探してきてくれませんか。」
 玉水が頼むと、兄弟たちは「おやすい御用だ」と承知します。

 玉水が御所に帰ると、姫君や月さえは、珍しく玉水の帰りが遅いので心配しています。
「今夜は約束した者と逢っておりました」
とふざけて答えると、姫君は、
「わたくしのことなんかきっと忘れてしまうのだわ」
と返してきます。


 さて、兄弟たちは山に入って見事な紅葉を探してきました。五色の枝に、葉ごとに法華経の文字を摺ってあります。姫君も目を奪われています。玉水に歌を詠ませ、紅葉につけます。

 紅葉合当日になりました。姫君の紅葉に並ぶものはありません。五度合わせましたが、毎回姫君が勝ちました。このことを帝が聞いて、その紅葉を献上するように命じました。見事な紅葉を見た帝は、今度は姫君を参内させるように関白に命じます。準備のために宰相に三カ所が下賜されました。お手柄だった玉水にも津の国のかく田というところが与えられ、養父母は大喜びです。


【紅葉合の準備に忙しい姫君たち】


 しかしある時養母が病気になってしまいました。どうも物の怪のようで、日に日に重くなっていきます。
「せめて死ぬ前に玉水に一目会いたい。」
と言うのを聞いた玉水は、お暇をもらってお見舞いに駆けつけました。養母が喜んだことは言うまでもありません。
「どういう前世の因縁があったのでしょう、あなたのことばかり気がかりです。」
 玉水の手をとって泣く養母に、玉水はただただ涙にくれるばかりです。


■ 下巻 ■

 養母は物の怪に苦しんでいます。少しおさまっているときに、
「おいたわしいこと。わたくしが死んでしまったら誰を母親と思って頼りになさるのでしょう。これは母から譲られた鏡です。わたくしの形見になさい。」
と、玉水に形見の鏡を渡します。

 一方姫君からは玉水の帰りをうながす手紙がやってきます。
「母上のご病気はおいたわしいけれども、少しでもよろしいようなら早く帰っていらっしゃい。あなたがいないとさみしくて。」
と書いてあります。母上はこの手紙を見て、玉水が可愛がられていることを知り、喜んでいます。月さえからも心のこもった手紙が届きます。
「忝ないお手紙をありがとうございました。お姫様のことは片時も忘れたことはありませんが、病気の母を見捨てがたく、帰れないでおります。少しおさまりましたら参上して直接いろいろお話ししたいと思います。」
と返事をします。

【姫君からの文を見る玉水】



 そうこうするうちに、また物の怪がおこります。少しおさまって玉水一人が看病しているときのことでした。毛が一本もない古狐が現れました。よく見ると玉水の伯父ではありませんか。
「わたくしは縁あってこの病人を親と頼んでおります。どうか助けて下さい。」
「いや、それはならぬ。この病人の父親は、わしの大事な子供をさしたる咎もないのに殺したのじゃ。思い知らせてやる。」
 玉水は、
「お怒りはもっともですが、一時の怒りにまかせてこの人を殺すなんて、罪深いことではありませんか。」
と、仏様の教えを引いて古狐を説得します。玉水の必死の説得に、古狐も、
「まことにこの病人を殺したからといって、恋しいわが子が生き返るわけでもない。どうか子供の菩提を弔ってやってほしい。わしは出家して山に籠もり、念仏することにしよう。」
と、養母のもとから立ち去りました。

 さて、母親は気分がすっきりと良くなりました。玉水は実はこういうことがあったと、物の怪の正体について語り、射殺されたきつねの供養を営みました。玉水は安心して姫君の許へ帰ることができます。



 十一月になりました。お邸は姫君の入内の準備で大忙しです。玉水は中将の君という名前を与えられて、女房として一緒に御所に上がるよう定められました。けれども玉水は喜んだ様子もなく、沈みがちです。姫君が訳を聞いても、今は言えないの一点張り。姫君は心配でたまりません。

 玉水は、
「けだものの身でありながら、お姫様恋しさに、お側にお仕えしてきたけれど、思えばはかないこと。お姫様には正体をお聞かせしたいけれど、今さら本当のことを知って恐ろしがられるのもつらい。入内の混乱に紛れて姿を消してしまおう。」
と、決心しました。自分の部屋に閉じこもり、自分の正体や、姫君に一目惚れしたあの日から今日までのことをしたため、小さな箱に入れました。

 玉水は箱を持って姫君の許に参上します。
「何となくこのごろは世の無常が思い知られてなりません。わたくしもいつ露のように消えてしまうともかぎりませんので、この箱をお姫様にお渡ししておきます。わたくしに何かありましたら、この箱を開けてご覧下さいませ。」
「どうしてそのようなことを言うの。わたくしの将来を見届けてはくれないの。」
「御所へもお供したくは存じますが、万が一のことがあってはと思いまして。この箱は月さえなどにもお見せ下さいますな。中に入っている箱は、何年もたってお姫様が世をお捨てになるときに開けて下さい。」
姫君は泣きながらも箱を受け取りました。二人で涙にむせびます。辺りがあわただしくなってきたので、姫君はさりげなくこの箱を引き隠しました。

【正体を明かす手紙をしたためる玉水】



 玉水は姫君入内のあわただしさに紛れ、車に乗るふりをして、どこへともなく姿を消しました。人々はあちこち探しましたが、どこにもいません。姫君をはじめ、同僚の女房たちや、姫君の父上も悲しんでいます。

 姫君は箱の中身が気になるのですが、帝が常においでになるので開けることができません。ようやく帝が行幸の間にこっそりと開けてみました。

 そこには信じられないことが書かれています。恐ろしくも、あわれにも思われます。
「わたくしのために、あのように化けていたのを、最後まで隠し通し、深い志をみせるとは、けだものとはいいながらあわれなこと……。」




【手紙を読んで真実を知る姫君】


 手紙の奥には長歌が書かれています。

 姫君への恋心ゆえに、住み慣れた住みかを離れ、朝夕お側にお仕えして心を慰めていたこと、姫君が帝に入内することになって我が身のつたなさが思い知られたこと、来世まで姫君をお守りすることなどが読み込まれています。
 また、開けてはいけないと言っていた箱についても
「この箱は、年をとらず、夫から愛される箱です。帝とご夫婦でいらっしゃる間は決して開けてはいけません。出家なさるときなどに、ご覧下さいませ。」
など、こまごまと書いてあります。
 姫君は玉水の哀れな心にうたれました。



 あわれなきつねのお話でした。

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