挿絵とあらすじで楽しむお伽草子 第5話

付喪神(つくもがみ)
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(一般貴重書・8-44/ツ/2貴別・171248)
■ 上巻 ■
 『陰陽雑記』という書物によれば、作られてから百年経った道具には魂が宿り、人の心を惑わすと申します。これが付喪神です。毎年新年になると、古い道具類を路地に捨てる煤払い(すすはらい)という行事がありますが、これは付喪神の災難に遭わないようにと行われるものなのです。


【新年の煤払いの様子】

【路地に捨てられた古道具たち】




 さて、康保の頃でしたでしょうか、例のように煤払いといって、洛中洛外の家々から、古道具が捨てられました。その古道具たちが一所に集まって話し合いをしています。
「われわれは長年家々の家具となって、一生懸命ご奉公してきたというのに、恩賞がないどころか、道ばたに捨てられて牛や馬に蹴られなくてはならないとは、何と恨めしいことではないか。こうなったら妖怪になって仕返しをしてやろう。」
何だか物騒な相談です。古道具たちはかなり興奮している様子。


【人間への復讐を企てる古道具たち】


【一連入道を打つ荒太郎】
 そこへ数珠の一連入道が口をはさみました。
「おのおの方、このように捨てられたことも、全て因果というものでございましょう。仇を恩でお返しなさい。」
 これを聞いた手棒の荒太郎は怒り出します。
「ええい、でしゃばり坊主め。抹香臭いことをぬかしおって。帰れ帰れ!」
そう言うと、数珠の留め具が砕けるほど、一連入道を打ちました。一連は息も絶え絶えです。弟子たちに助けられて命からがらその場を去ります。

 古道具たちの相談はまだまだ続いています。物知りの古文先生が陰陽道の説を引きながら提案しました。
「そもそも万物には区別が無く、陰陽の掟にしたがって仮に姿を顕わしているだけなのじゃ。万物の造形をつかさどる造化の神の手にかかれば、われらとて魂を得ることができるであろう。節分は陰陽が入れ替わる時節であるから、今度の節分を待とうではないか。その時に命を捨てれば、造化の神が妖物に作り替えてくれるであろう。」
この案に賛成して、道具たちは帰っていきました。


 一方、一連入道は先ほどの一件が悔しくてたまりません。戻って仕返しをすると言い出す始末。弟子たちは必死になって引き留めます。
  一筋に思いも切らぬ玉の緒の結ぼほれたる我が心かな
〈数珠の玉が結ばれているように、一筋に思い切れずにいるわたしの心であることよ〉
  弟子とただ落ちて消えなむ道の辺(べ)の草場の露の命なりせば
〈弟子たちと一緒に落ちて消えてしまいたいものだ。道ばたに生えている草のようにはかない命なのだから。〉

【悔しがる一連入道とその弟子】


 さて、ついに節分の夜になりました。古道具たちは古文先生の教えの通り、自ら命を絶ち、造化の神に身を任せました。もとより百年以上生きた道具のこと、たちまち大変身です。あるものは男や女の姿となり、あるものは老人や子供の姿となり、またあるものは魑魅魍魎の姿となり、あるものはけだものの姿となるなど、さまざまに恐ろしい妖怪となりました。


【妖怪となった古道具たち】


 妖怪たちは住処を決めることになりました。あまり人里離れたところでは食べ物を手に入れるのにも不自由です。そこで船岡山の後ろ、長坂の奧を住処とさだめて、移り住みました。
 都へ行っては捨てられた恨みをはらし、人間はもとより牛や馬までも取ってきて食べるので、人々は恐れ悲しんでいました。そうは言っても目に見えない化け物のことですので、退治しようにも方法がありません。ひたすら神仏に祈ってばかりいました。
 妖怪たちの方は大満足です。酒盛りをしては舞遊び、天人の快楽もうらやましくはないなどと豪語しておりました。ずいぶん調子に乗っているようです。

【飲めや歌えの大騒ぎ】

【和歌を詠む妖怪たち】
 「花」という題で詠んだ歌。
  春立つといふその日より我が如く桜も花の情つくらむ
〈わたしが立春の日から魂を得て妖怪となったように、桜も心を得て生き物となったのであろう。〉
  如何にして妖たる花ぞ山桜見る人ごとに心惑はす
〈どうやって妖力を得たのであろう、山桜は美しさで見る人の心を全て惑わすことだ。〉


 ある時、妖怪たちの中で造化の神を祀ろうという話が持ち上がりました。
「われわれは造化の神によって生まれ変わったのに、その神を祀らなければ、心ない木石と変わらないではないか。今からこの神を氏神と定めて恒例の神事を行おう。子孫繁盛間違いなしじゃ。」
 船岡山の奥に社壇をたてて、変化大明神(へんげだいみょうじん)と名付けました。神主や八乙女、神楽男などを決め、朝夕神事を行います。妖怪とはいえ信心の厚いことです。

【神事を行う妖怪たち】
 また、他の神社と同じように祭礼を行おうと、神輿(しんよ)を作りました。四月五日の深夜、一条通りを東へと行列を進めます。さまざまな作り物に趣向を凝らし、美しく飾り立てています。

【お祭りの行列】

 折しも時の関白殿下が、臨時の除目のために一条通りを西へと進んでいました。妖怪たちの行列と鉢合わせです。先駈けの人々は馬から落ちて気絶してしまい、そのほかのお供の人々も地面に倒れ伏してしまいました。けれども殿下は全く騒ぐ気配がありません。車の中から妖怪たちをじろりとにらむと、不思議なことに殿下のお守りの中から炎が噴き出しました。炎はあっというまに広がって妖怪たちに襲いかかります。妖怪たちは命からがら逃げていきました。


【落ち着いた様子の関白殿下】


【炎に逃げまどう妖怪たち】





■ 下巻 ■


 関白殿下はこの騒ぎのために内裏に参内できず、帰っていきました。未明にこの由を帝に奏上します。帝は大変驚いて急いで占いをさせます。占いの結果、厳重に慎まなくてはならないということで、神社へ幣(ぬさ)を奉り、お寺でご祈祷を始めることになりました。
 ところで昨夜、不思議な力を発揮した関白殿下のお守りというのは、某の僧正がおん自ら書いた尊勝陀羅尼(そんしょうだらに)という大変ありがたい呪文でした。関白殿下はそれを肌身離さずつけていたのです。帝もこのことを聞いて、今度のご祈祷はすべてこの僧正に任せるよう、勅を下しました。僧正は再三辞退しましたが、帝の仰せでは断るわけにもいきません、清涼殿で如法尊勝の大法を行うことになりました。



【祈祷のために参内する僧正】
 法会を行うのは、高徳の僧侶たちばかりです。護摩を焚き、数珠をすり、祈ります。
 六日目のことでした。帝が聴聞のために清涼殿へ向かう途中、御殿の上をふと見やると、明るい光が見えました。その光の中には七、八人の護法童子が、あるものは剱を下げ、あるものは宝棒を担ぎ、おのおの武装して立っていました。光は北を指して飛び去りました。これは不動明王の眷属が悪魔を降伏するために、姿を顕わしたのに違いありません。帝は感激のあまり涙を流しました。
 儀式が終わると、帝は僧正を近く呼び寄せました。
「今度の祈祷の効験は、ひとえに僧正の修行のたまものである。」
との忝ないお言葉をいただいて、僧正は感激のあまり、泣きながら退出しました。


【雲に乗る護法童子たち】

【帝からお言葉をいただく僧正】


 さて、御法童子たちは妖怪たちの城へ飛んでいくと、あっという間に妖怪たちを退治しました。
「お前たち、これから人間に危害を加えたりせず、仏教を大切にすると約束するなら、命だけは助けてやろう。さもなくば一網打尽にしてくれるわ。」
妖怪たちは、もう決して人間を困らせたりしないと固く約束しました。

【妖怪を退治する護法童子たち】


 その後、妖怪たちは集まって、さきほど命が危なかったことを思い出し、身の縮む思いをしていました。
「われわれは多くの生き物を殺してきたために、このように仏罰があたったのじゃ。いってみれば当然の報いなのじゃ。それなのにわれわれの懺悔の心をくみとって、命をお助け下された。この上は仏教に帰依して菩提を求めようではないか。」
妖怪たちはたちまち道心をおこしました。

【発心する妖怪たち】

【一連上人のもとへ旅立つ妖怪たち】
 今度は、誰について教えを受けようかという話になりました。
「思えばあの一連上人こそ、名だたる名僧であった。上人を師とたのみ、修行しようではないか。とはいえわれわれは、去年の冬、上人を辱めてしまった。さぞかしお怒りであろうが、心から懺悔するなら、きっとご慈悲をもってお許し下さるだろう。」
妖怪たちは上人をたずねることにしました。


 一方、一連上人は去年の冬の一件から、深く世を厭う心をおこし、山奥に遁世していました。
 ある日の日暮れのことでした。庵の扉を叩く音がします。
「こんな山奥に誰じゃろう。」
と思って、扉を開けてみると、何とそこにいたのは恐ろしい姿の妖怪たちです。

【一連上人の庵をたずねる妖怪たち】
「これは何者じゃ。天魔がわしの修行を妨げようとやってきたのか。」
「いえいえ、そうではございません。われわれは上人様もよくご存じの古道具たちにございます。このように変わり果てた姿になってしまいました。」
道具たちは変化神に祈って妖怪になったことや、護法童子に退治されて発心したことなどを語ります。
「皆の行方を気がかりに思っていたところじゃ。こうしてたずねてきてくれたばかりでなく、あまつさえ道心まで発されたとはうれしいことこの上ない。」
中でも一連上人を打った手棒の荒太郎は、心から上人に懺悔し許しを乞いました。
「そのようにおっしゃるな。みなこれも因縁というものであろう。お前様がわしを打ったからこそ、わしはこのように発心したのじゃから。」

【今までの行いを懺悔する妖怪たち】


 妖怪たちは、一連上人に出家させてもらいました。そうして熱心に修行に励んでいましたが、ある時、上人に言いました。
「一口に仏教と申しましても、教えの浅深によって成仏する速度に差があるとうかがいました。同じ事なら深い教えをうけたまわって、速やかに悟りを開きたいと存じます。」
「わしは長年にわたって様々な宗派の教えを学んできた。そもそも仏教の教えは、浅深の差はあっても、すべて同じ教えであるから、安易にその是非を論じられるものではない。されど、速やかに成仏するという点においては、真言密教の力によるのが一番じゃ。その昔、諸宗の高僧が宮中で論議したときに、弘法大師が即身成仏の理を説き、帝の望みにしたがってその場で大日如来の姿を顕わしたこともあった。皆も早く真言密教に帰依し、速やかに菩提を証するがよい。」
この教えを聞いて、妖怪たちは喜び、真言の教えを学びました。

【出家する妖怪たち】



【一連上人の最期】
 もともと、器物だった古道具たちですから、器(うつわ)の大きさは申し分ありません。上人は真言の教えを残らず授けました。

 年月が過ぎました。ある時、上人は妖怪たちをあつめて言いました。
「わしは幸いにもお前たちという弟子を得て、真言の教えを残らず伝えることができた。わが望みはこれで叶った。」
言い終わると、たちまちそのまま即身成仏しました。一〇八歳でした。辺りには光が満ち、部屋の中は仏の世界となりました。妖怪たちは、上人の成仏の様子を目の当たりにして、いよいよ信心を増し、修行に励みました。


 その後、ある者が提案しました。
「このように皆一緒に住んでいては、甘えて修行がおろそかになる可能性があろう。経典にも深い山に入って仏道を求めよと説かれているではないか。おのおの別々に深山幽谷に分け入って、俗世間との絆を絶ち、精進修行しよう。」
妖怪たちは賛成して、名残を惜しみながら、皆別々に暮らすことになりました。ある者は奥山の岩の間に苔の筵を敷き、ある者は谷陰の松の下に庵を結んで修行しました。

【別々に遁世する妖怪たち】


 修行の甲斐あって、ついにそれぞれ即身成仏しました。それぞれの修行によって、異なる仏となりました。このように成仏の結果が異なるのも真言宗の特徴です。
【仏になった妖怪たち】


 古道具などの心の無いものが成仏することに関しては、真言密教だけがはっきりと可能であると説いています。心の無いものが成仏できるなら、どうしてわれわれのような心ある生き物が成仏できないことがありましょうか。この古道具たちが成仏したという話を聞いて、いよいよ真言宗の教えの深さを信じる気持ちが強くなるでしょう。即身成仏を願うなら、すみやかに真言の教えを信じることです。


■ 完 ■



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