第 5 編

年   表


[1921(大正10)年]
1.17 この日より帝国大学総長会議開催。入学に関する規則につき新高等学校令最初の高等学校卒業者受け入れに応じるために協議。特定の外国語・科目履修を入学の必要条件としない、他大学・学部に欠員のあるときは選抜試験の不合格者に入学を許可するなど、文部省の要望をほぼ容認。
1.20 通則一部改正(達示2)。学制改革に伴う全面的改正。学年開始を9月から4月へ移行。京都帝国大学祝日を京都帝国大学記念日に改称。受験料・大学院入学検定料を10円に値上げ。入学の最優先資格を「高等学校高等科ヲ卒業シタル者」と規定。官庁公共団体などからの委託生に関する規定を追加。
2.3 評議会、南洋ポナペ島演習林設置案につき協議。
2.17 貸下の交渉を行う旨決定。
2.3 評議会、名誉教授推薦内規決定。
3.26 学位規程達示(達示11)。
3.30 大学特別会計法公布(法律11)。
4.4 京都府北桑田郡知井村の山林に99年間の地上権設定契約締結(芦生演習林)。
4.12 大学特別会計規則公布(勅令81)。
4.13 書記官設置。看護婦長を看護長に改称(勅令85)。
7.9 文相の諮問機関として教育評議会を設置(勅令309)。
11.- 菊亭公長、「菊亭文庫」872部1,326冊を附属図書館に永久寄託。
1923.12.- 同文庫38部43冊、および文書822点を永久寄託。
-.- 管理課設置。
-.- 労学会、第2回メーデー参加をめぐり大学の命令によって解散。
[1922(大正11)年]
1.23 在外研究員規程公布(勅令6)。
2.15 通則一部改正(達示5)。京都帝国大学祝日を3月1日から6月18日に変更。従来は高等学校高等科の文科・理科出身の区別なく入学が可能であったが、原則として文科出身者は法・文・経、理科出身者は医・工・理に入学することとし、欠員があるときのみ他系を選びうると規定。入学料を10円に、授業料を1学年75円、大学院入学検定料を20円に値上げ。
2.18 工学部陸軍砲工学生及海軍学生規程制定。高等学校高等科以上の学力ありと認められた者のみを新たに学生と認定。
3.3 京都岡崎公会堂にて全国水平社創立大会開催。
3.31 理学部地質学鉱物学教室本館竣工。
4.5 医学部附属医院看護婦産婆養成所規則達示(達示10)。
6.5 工学部建築学教室本館竣工。
6.18 創立二十五周年記念式挙行。式終了後、園遊会を開催。
6.19 学内開放(20日まで)。
7.15 日本共産党結成。
7.28 和歌山県西牟婁郡瀬戸鉛山村に理学部瀬戸臨海研究所設置。
11.7 大学や高等学校などの社会思想研究団体、学生連合会(FS)を結成。
1924.9.14 学生社会科学連合会(学連、SFSS)と改称。
1925.7.16 全日本学生社会科学連合会と改称。
11.15 皇后来学。
12.14 アインシュタイン来学、法学部中央大講堂で歓迎会開催。
-.- 大津臨湖実験所、医学部から理学部に移管。
[1923(大正12)年]
3.13 評議会、在職教授退職ニ関スル申合決定。
3.14 理学部地球物理学教室竣工。
3.31 文学部中央館竣工。
4.5 第七臨時教員養成所設置(文部省告示263)。
5.24 学生監を教授・助教授より補任(勅令268)。
7.- 会計課事務分掌規程制定。
9.1 関東大震災発生。
9.4 関東大震災の傷病者手当のため、医学部救護班の編成を決定。教員・学生など22名が参加。
9.30 農学部校舎建設第1期工事として、教室および講義室竣工。
10.上 経済学部学生岩田義道・逸見重雄ら、思想問題研究会伍民会を組織。
10.18 評議会、震災のため東大学生が京大への転学を志願するときはこの年度に限り許可する旨決定。
11.15 評議会、学生の震災罹災者に対し、調査の上授業料免除を決定。
11.15 本部新館2階大食堂営業開始。同地下の学生食堂も営業開始。
11.28 農学部設置(勅令489)。
11.28 農学部に講座設置(勅令490)。
12.中 伍民会を母体とし、社会科学研究会(社研)発足。
12.28 住友吉左衛門、「中院文庫」1,041冊を附属図書館に寄贈。
[1924(大正13)年]
1.10 政友会・憲政会・革新倶楽部の護憲三派有志、清浦内閣打倒運動開始(第2次憲政擁護運動)。
1.26 農学部規程制定。
3.1 学生健康相談所開設。
3.20 施設部電話拡張交換室(現保健診療所)竣工。
3.21 法学部塔内部時計回廊(現事務局本館)竣工。
4.15 内閣の諮問機関として文政審議会設置(勅令85)。
5.2 京大社会科学研究会、第1回講演会開催。
5.29 農学部附属農場および附属演習林を官制化(勅令132)。
6.5 評議会、大学記念日における学生の記念祝賀会挙行の希望を許可。
6.18 農学部グラウンドにおいて、学友会主催の園遊会開催。1925年以降、5月第3日曜日に開催。
7.- 京大社研会員淡徳三郎(文学部学生)、大阪高等商業学校長に大阪市電同盟罷業事件に関する抗議書を手交。
8.25 陸軍省と文部省の間において、中等以上の諸学校に現役将校を配置して訓練を施す件の具体化交渉開始。
10.21 閣議における宇垣一成陸相と岡田良平文相の協議の結果、1925年度からの中等学校における軍事予備教育の実施(専門学校以上は任意)、軍事予備教育を受けた者の在営期限の短縮などを決定。
9.14 学生連合会、第1回全国大会を東大で開催し、学生社会科学連合会(学連)と改称。京大社研参加。
9.25 農学部表門および門衛所竣工。
10.23 東大・京大各運動部の対抗競技会を5日間京都で集中的に開催(初の「運動週間」)。以後、京都・東京交互に開催。1925年から期間中は授業中止となる。
11.12 学連中心に全国学生軍事教育反対同盟結成。
-.- 理学部宇宙物理学教室竣工。
[1925(大正14)年]
1.10 医学部附属医院内科学教室研究室竣工。
1.29 附属図書館、中野達慧より「日蔵未刊本」2,065冊を購入。
1933.4.1 中野達慧、「日蔵既刊本」798冊を附属図書館に寄贈。
3.20 通則一部改正(達示21)。授業料1学年100円に値上げ。
3.25 医学部衛生学教室本館(現医学部G棟)竣工。
3.30 京都帝国大学に対する定額支出金制度廃止(法律17)。5帝大の特別会計が統合されて帝国大学特別会計として一本化。
4.6 通則一部改正(達示23)。研究料を1か年75円に値上げ。
4.13 陸軍現役将校学校配属令公布(勅令135)。大学の希望があれば配属が可能と規定。
4.13 陸軍現役将校ノ配属ヲ受ケテ教練ヲ行フ学校ニ於ケル教練教授要目公布(文部省訓令6)。
4.15 学友会新聞部、『京都帝国大学新聞』を発刊。
4.22 治安維持法公布(法律46)。
5.1 医学部病理学教室の大半焼失。
5.5 衆議院議員選挙法改正公布(法律47)。男子普通選挙制実現。
5.6 6月18日の記念日のほかに、5月第3日曜日を大学の祝日とする旨達示(達示24)。
5.17 創立記念祝賀式に皇太子来学。
5.17 楽友会館開館。
5.- 大阪市青年連合団、大阪英語学校跡碑を建立。
6.6 楽友会規程制定。
7.9 評議会、希望者に限って軍事教練を実施することに決定。
7.16 学連、第2回全国大会を学生集会所で開催。
9.22 京都府警久保田●特高課長、15名の警官を率い、京大社研開催の第二学期研究会大会に大学当局・学生監の制止を振り切って臨監、事実上大会を解散に追い込む。
9.24 教練希望の学生、軍事研究を目的として国防研究会を組織、発会式挙行。
9.26 京大社研学生、来日中のロシア労働組合代表レプセに京都から大阪への車中でメッセージを手交。
10.6 京大社研、「レプセ事件批判演説会」開催、学生1名検挙。
9.27 叡山電鉄出町柳-一乗寺間開業。
9.- この月より週3時間の戦史・戦術・防備の軍事研究講義開講。
11.1 社研学生、京都無産者教育協会結成。
12.1 京都府警察部、京大および同志社大の社研会員の私宅や寄宿舎を家宅捜索。合計36名を検束。2日の検束者も含め京大学生は19名、ほかに卒業生1名(京都学連事件)。
12.7 この日までに全員釈放。
12.3 京大社研および同志社大社研、「家宅捜索、検束問題に就て全学学生諸君に伝ふ」を作成、警察の行為を批判。
12.7 社研、学生集会所において、学生検束に関する真相報告会開催。
12.10 部長会議開催。学生検挙について「法律上犯罪の有無と別問題として今回の行政処分が大学教育を脅威し教育上面白からずといふことを意思表示したし」と決定。
12.14 学生検束に抗議する学生大会開催。府当局・内相の弁明要求、大学当局の蹶起要求、学生自治機関設立を決議。
12.21 評議会、学生が嫌疑を受けたのは遺憾だが、京都府警察部のとった手段は不法の点があり迷惑であるとし、将来このようなことがないよう総長より口頭で内相・文相に上申することに決定。
12.23 佐々木惣一評議員・坂口●評議員、荒木総長に同行することに決定。
12.24 法学部教授一同、学生検束を非難する意見書を公表。
12.24 経済学部教授6名、当局の今後の注意を希望する意見書を公表。
12.26 荒木総長・佐々木法学部長・坂口文学部長、若槻礼次郎内相・岡田文相と学生検束事件につき面談。若槻、将来の措置につき考慮することを了承。岡田は犯罪の有無が先決問題と主張。
-.- 施設部電気掛事務室(現工学部石油化学研究室)竣工。
-.- 武術道場(1939年理学部宇宙物理学教室に改築)竣工。
[1926(大正15?昭和元)年]
1.15 社研学生ら14名、出版法違反容疑で検挙。4月16日までに合計38名検挙。そのうち20名が京大学生(卒業生、中途退学者含む)。
1.26 検挙された学生に対する予審開始。
1.19 和歌山県有田郡八幡村の森林に地上権設定を契約(和歌山演習林)。
1.25 評議会、学生検挙事件の処理のため、各学部より教授1名ずつを選び、機関を組織することに決定。
1.28 荒木総長の諮詢機関として、教授7名からなる特別委員会を設置。
2.13 荒木総長、全学生を大ホールに集め「特に諸子に告ぐ」と題して訓示を行い、「国禁に触れ社会若くは本学の秩序を紊すの行動」を慎むよう要望。
2.13 荒木総長、京大社研代表者4名を招致、覚書を通知。会則中の「普及」の字を削除すること、会と外部の連絡を絶ち、会の組織を大学に報告することなどを勧告。
2.25 京大社研、日本社会科学研究会聯合会本部に脱退届を提出した旨荒木総長に報告。
5.21 学友会改善促進会発起人、学友会の現状を批判し役員会の改造などを求める文章を『京都帝国大学新聞』に掲載。
5.29 文部省、学生・生徒の社会科学研究禁止を通達。
6.2 日本主義に基づいた研究活動を行う学生運動団体猶興学会、発会式挙行。
7.21 一年志願兵及一年現役兵服役特例公布(勅令261)。高等学校程度以上の教練検定合格者は、本来在営1年であるところを概ね10か月で帰休。付則により大学卒業者にも適用。
9.15 京都学連事件の予審判決において、治安維持法・出版法違反で38名全員を起訴。
9.15 京都学連事件についての新聞記事掲載禁止解除。
9.19 荒木総長、各学部2名計14名からなる懲戒委員会を召集、学生16名の無期停学処分を決定。
9.28 松浦鎮次郎文部次官、荒木総長に対し、京都学連事件につきこのような「不祥事件」の再発のないよう通牒。
9.29 古在由直東大総長・荒木京大総長・田崎慎治神戸高等商業学校長・中目覚大阪外国語学校長、文官懲戒令により譴責処分となる。
9.- 京都府愛宕郡上賀茂村の国有地を移管し、農学部上賀茂試験地設置。
10.5 化学研究所設置(勅令313)。
10.9 学友会講演部主催の学生検挙事件批判講演会に刑事が無断で入場、学生が発見し、騒動となる。
10.28 大分県別府市に設置した理学部地球物理学研究所、開所式挙行。
11.26 化学研究所商議委員会規程、同常任委員会規程制定。
12.25 評議会、天皇・皇后・皇太后に対し、大正天皇死去につき「御機嫌奉伺」「奉悼」上表を行う旨可決。
[1927(昭和2)年]
3.30 1919年廃止の卒業証書授与式を卒業式として復活させ挙行。
4.1 兵役法公布(法律47)。中学校または中学校の学科程度と同等以上の学校在学者について、その修業年限により27歳まで徴集を延期することを規定。
4.4 京都学連事件公判開始。
5.30 京都学連事件判決言い渡し。出版法違反・不敬罪は2月7日大赦令により免訴、治安維持法第2条該当として病欠者以外全員に禁固1年以下8か月(執行猶予15名)以下の刑を宣告。被告および検事、共に控訴。
11.14 学友会臨時役員会、共済部新設のほか規則の若干の改正を可決。
11.30 兵役法施行令公布(勅令330)。大学学部学生の徴集延期最高年齢を27歳と規定。
11.30 陸軍補充令(改正)公布(勅令331)。一年志願兵制度に代わる幹部候補生制度導入、大学での教練合格者は入学後約8か月後曹長に昇進しうることを明記。
12.1 学生課設置。
-.- 医学部附属医院外科研究室および整形外科学教室研究室(現外科研究室)竣工。
[1928(昭和3)年]
1.13 熊野神社-百万遍間の道路拡張、市電運転開始。
3.15 日本共産党に対する全国的大検挙(3・15事件)。京大社研学生22名検挙。
3.- 熊本県阿蘇郡長陽村に理学部の阿蘇火山研究所設置。
3.- 京都学連事件控訴公判開始。
1929.12.12 判決言い渡し。18名有罪、3名無罪。
1930.5.27 上告した者のうち9名上告棄却。
4.12 水野錬太郎文相、小野塚喜平次東大総長事務取扱と荒木総長を招き、共産党事件(3・15事件)にかかわった学生の処分と「左傾教授」の休職処分の意向を伝達。
4.16 午前、経済学部教授会開催。総長による河上肇教授辞職要求の理由には不同意だが、辞職の断行には同意する旨決議。午後、荒木総長、河上に辞職勧告。河上、これを拒否するも、帰宅後経済学部教授会決議を聞き、辞意を表明。
4.17 懲戒委員会、共産党事件(3・15事件)につき学生7名の放学を決定。
4.17 河上肇、辞表提出。
4.18 依願免本官発令。
4.17 学生有志、河上教授辞職に抗議して、学生大会開催を計画。学生監により禁止措置。
4.18 荒木総長、社会科学研究会に解散を命令。
4.18 経済学部学生、河上辞職に抗議する声明書を発表。
4.20 河上教授辞職問題に関する学生の意見の統一のため学生大会開催。「学生の本分を紊るもの」と認められ、解散。
4.21 河上、『京都帝国大学新聞』紙上に、「大学を辞するに臨みて」を発表。
5.10 京都市営バス、出町-植物園間で運転開始。
5.12 学生有志主催による河上博士謝恩会、楽友会館で開催。河上博士辞職反対学生大会実行委員会、声明書を発表。
10.30 学生監を学生主事に改称、学生主事補を設置(勅令250)。
10.30 文部省、思想問題に対処するため学生課を設置。
11.3 大阪府三島郡磐手村に設置した農学部の摂津農場、開場式挙行。
11.- 新潟県笹ヶ峰にヒュッテ竣工。
-.- 本部正門前にナカニシヤ書店創業。
-.- 医学部微生物学教室および生理学教室本館竣工。
[1929(昭和4)年]
1.- 摂津農場に古曾部園芸場設置。
3.15 暗殺された元講師の山本宣治代議士の葬儀に出席した京大学生30~40名検束。
3.22 理学部教授新城新蔵、総長に就任。
3.22 通則一部改正(達示3)。授業料を1学年120円に値上げ。
3.31 医学部解剖学教室発生学研究室(現医学部E棟)竣工。
3.31 大阪府三島郡磐手村に化学研究所本館竣工。
4.1 通則一部改正(達示6)。研究料を1か年100円に値上げ。
4.1 外務省所管東方文化学院京都研究所発足。
1930.11.9 北白川に所屋(現人文科学研究所分館)竣工、開所式挙行。
4.16 第2次共産党事件(4・16事件)。京大学生2名検挙。
5.14 今出川通の百万遍-銀閣寺道間に市電開通。
6.1 天皇、理学部瀬戸臨海研究所に来所。
6.11 講演部の依頼により蓑田胸喜慶応大学予科教授、「マルクス資本論の所説とロシア革命」の演題で講演し、河上肇の議論を批判。聴衆、これに抗議。
7.1 文部省学生課、学生部に昇格。
9.30 本部北門門衛所竣工。
10.24 ニューヨーク株式市場大暴落、世界恐慌開始。翌年日本全国へ波及。
10.- 理学部花山天文台竣工。
11.7 全日本学生社会科学連合会、自主的に解体。以後非合法活動へ。
-.- 医学部附属医院内科隔離病舎竣工。
-.- 今出川通の百万遍-浄土寺西田町間竣工。
[1930(昭和5)年]
2.1 全国的な共産党員検挙の一環として、京大・同志社大・三高などの学生154名検挙開始、うち9名起訴(京都学生共産党事件(二月事件))。
3.2 医学部病理学教室本館(現医学部F棟)竣工。
3.25 理学部物理学教室本館竣工。
3.31 第七臨時教員養成所廃止(文部省告示91)。
4.4 田中隆三文相、各帝国大学総長を招き、思想問題につき協議。
4.- 学生に学生票交付を開始。
4.- 法・医学部の学生ら、京都帝国大学学生隣保館の名でセツルメント設立準備会発足。
9.11 本部本館階上教官食堂、営業開始。
10.24 京大学生十数名、一部労働者と4・16事件の被告奪還のため中京刑務所を襲撃。
10.30 教育ニ関スル勅語渙発記念式挙行。
10.- 大阪府三島郡阿武野村に理学部阿武山地震観測所設置。
11.7 工学部委託研究規程制定。
11.8 京阪電車転覆事件。経済学部学生1名関与。
11.11 京都高等工芸学校、松ヶ崎村に移転。跡地を京大に移管。
11.19 学生の生活擁護を目的に京大学生消費組合(学消)事務所設置。11月25日開店。
11.24 一部学生、学生大会開催。学友会解散、学消公認などを決議。
-.- 中央実験所委託研究規程制定。
-.- 学友会改善促進会による学友会費不払運動発生。
[1931(昭和6)年]
3.8 山口県徳山市字遠石の町有保安林に農学部附属演習林徳山砂防演習地を設置。
3.31 医学部附属医院婦人産科学教室・病舎竣工。
4.30 大阪帝国大学創設(勅令67)。
6.- 京大学生消費組合、三高支部を結成。
8.26 日本共産党の関西地方組織に対する検挙事件(8・26事件)。京大学生95名検挙、3名起訴。
9.18 柳条湖事件(満洲事変勃発)。
9.18 河原町今出川-百万遍間の道路拡張、市電運転開始。
10.9 学生消費組合の解散を達示。
11.17 天皇、理学部火山研究所に来所。
11.25 農学部附属演習林本部事務室竣工。
12.6 京大愛国学生会を中心として京都愛国学生連盟結成。
[1932(昭和7)年]
3.1 「満洲国」建国宣言発表。
3.17 学生運動団体猶興学会会員の3学生(文学部1名、法学部2名)、血盟団事件に関係して検挙。
1934.11.22 それぞれに懲役4~6年の判決言い渡し。
5.15 5・15事件。
9.3 日本共産党・日本共産青年同盟・日本労働組合全国協議会などの関係者の検挙開始(9・3事件)。京大生66名検挙、8名起訴。
10.28 滝川幸辰法学部教授、中央大学においてトルストイの小説『復活』の刑罰思想につき講演。
10.31 「満洲国」に対する科学的批判と認識をなすことを使命とする京大満洲会発会。
12.上 赤間信義専門学務局長、新城総長に対し、10月の滝川の講演につき小山松吉法相より鳩山一郎文相に話があったことを告げ、調査を要請。
12.8 宮本英雄法学部長、赤間局長と会見。
12.23 宮本法学部長、赤間局長に滝川の講演要旨を手交し、問題となる点のない旨回答。赤間、これを了承。
12.28 財団法人日本学術振興会設立。
[1933(昭和8)年]
2.1 宮沢裕衆議院議員、衆議院予算委員会において鳩山文相に対して「赤化教授」の追放を要求し、「某京都大学ノ教授」の『刑法読本』を非難。鳩山、できるだけ取り締り、そのような教員が教授しないよう注意すると答弁。
3.10 伊東延吉文部省学生部長ならびに粟屋謙文部次官、宮本法学部長に滝川の学説が問題になっていることを通告。
3.22 文学部教授小西重直、総長に就任。
3.27 国際聯盟脱退を発表。
3.30 法学部および経済学部新館(現法経済学部本館)竣工。
4.10 滝川教授の『刑法読本』『刑法講義』、内務省により発禁処分。
4.22 鳩山文相、小西総長に対して滝川教授へ辞職勧告し、応じなければ休職を命ずるよう要求。
4.28 陸軍補充令改正(勅令71)。幹部候補生採用を選抜制とし、本人最終学校・最終学年における教練の成績を基準に入れる。
5.9 小西総長、上京し鳩山文相・粟屋次官・赤間専門学務局長と会見。滝川問題につき文部省側に考慮を求めるが、鳩山は滝川処分は内閣の総意である旨通告。
5.10 法学部教授会、文政当局が学問上の見解によって教授の進退を左右すると大学は存在理由を失うとの意向をまとめ、小西総長に文政当局への伝達を依頼。
5.11 文部省、学問の自由を妨げる意志はなく、今回の問題は学説の社会的影響という見地からのものと回答。
5.13 法学部教授会、宮本法学部長の談話の形式で、文部省の処置を不当とする声明を発表。
5.15 法学部教授会、滝川処分が強行された場合に連袂辞職を敢行する旨の「申合」を作成。
5.16 法学部教授会、宮本法学部長の談話の形式で、大学の使命に鑑みて研究の自由を主張するもので、滝川個人の擁護ではない旨の声明発表。
5.17 文部省、「学問の自由」には「研究の自由」「教授の自由」「発表の自由」の3つの条件があり、滝川教授の問題は後二者につき責任を負うものである旨表明。
5.18 法学部学生有志会開催。滝川教授処分問題に関する声明書作成。
5.19 法学部卒業生・在学生・教員の親睦団体である法学部有信会の学生会員大会開催。前日作成された、大学の自由を擁護し教授会を絶対支持する旨の声明書を発表。
5.21 法学部大学院学生一同、前々日の有信会学生会員大会につづき同趣旨の決議。
5.21 法学部学生代表7名、甲子園ホテルで鳩山文相と会見。文相の猛省を促す旨の法学部学生大会の決議文を手交。
5.22 法学部学生大会開催。経済学部学生も合流。所期の目的の達成まで抗争を継続する旨の声明書を発表。
5.23 法学部教授会開催。教授全員が辞表を認め宮本法学部長に委託。決して慰留に応じない旨の「申合」に署名。
5.24 小西総長、鳩山文相と会見、休職上申拒否を回答。
5.25 文官高等分限委員会開催。全会一致で滝川教授の休職を決定。
5.26 閣議に付議、滝川教授に休職発令。
5.26 法学部教官一同、政府の措置を不当とし、小西総長に辞表を提出。開催中の法学部学生大会会場にて、教授一同・助教授一同・専任講師助手副手一同がそれぞれ声明を発表。
5.26 大学院生69名、退学する旨の声明を発表。
5.27 法学部学生一同、滝川教授休職撤回と全教授復職を要求する旨の声明を発表。
5.27 経済学部学生一同、教官の積極的行動を要求し、講義を辞退する旨の声明を発表。
5.28 小西総長、上京し鳩山文相と会見、辞意を表明。鳩山、留任を要請。
6.4 有信会全国大会開催。法学部教授会を支持し、文相の速やかな処決を要求する旨の声明・決議を発表。
6.6 全学学生大会開催。全学の団結による初志の貫徹を期す旨の声明・決議を発表。
6.14 小西総長、文部省と交渉の末、解決案(「小西解決案」)を作成。鳩山文相、新聞記者に公表。
6.15 創立記念日催物を中止する旨掲示。記念講演会・学内開放・園遊会を取り止め。
6.15 小西総長、法学部教官に解決案を説明。法学部教官、解決案を拒否。
6.16 法学部助教授講師助手副手団、「我々は何故解決案を拒否したか」を発表、解決案の内容を批判。
6.16 全学学生大会開催。解決案に反対する旨の声明・決議を発表。
6.17 小西総長、評議会において、事件収拾の責任および健康上の理由で辞意を表明。
6.20 京大の共産青年同盟組織検挙。
6.25 学生課、法学部学生大会の開催を禁止。
6.29 学生名で、世界各国の新聞社に対し、滝川事件における「文部省の暴挙」を非難し実情を訴える“COMMUNIQUE●”(声明書)打電。
6.30 経済学部教授山本美越乃、総長事務取扱を命じられる。
7.1 京大など全国16大学より学生代表が集まり、研究の自由・学園の自治の確保を目的とした大学自由擁護連盟結成。
7.7 理学部教授松井元興、総長に就任。
7.10 松井総長、文部当局と会見、法学部全教授の辞表を進達。鳩山文相、佐々木惣一・宮本英脩・森口繁治・宮本英雄・滝川幸辰・末川博の6名の辞表を受理。
7.11 6教授の依願免本官発令。
7.10 鳩山文相が辞表を受理した6名以外の9教授、辞表の再申達を要求することで一致。
7.18 松井総長、文部省と折衝、「小西解決案」の解釈・補足という形式の覚書(「松井解決案」)を作成、交換。
7.22 免官の発令がなかった法学部教授のうち7名、辞表を撤回、当初の目的を貫徹したとする声明を発表。
7.22 田村徳治・恒藤恭両法学部教授、留任を拒否し、「松井解決案」を批判する声明を発表。
7.26 田村・恒藤の依願免本官発令。
7.27 法学部講師助手副手8名、新解決案に不満として辞表の受理を要請する声明を発表。
8.2 法学部講師助手副手8名解職。
9.30 法学部助教授5名の依願免本官発令。
10.16 長野県西筑摩郡福島町の理学部木曾生物学研究所開所式挙行。
10.- 右翼的学生団体京大清明会創立。
12.13 工学部中央実験所焼失。
-.- 各学部学生代表からなる産業建設学徒研究団を「満洲国」に派遣。
-.- 工学部純正化学製造化学教室本館の木造部分焼失。
[1934(昭和9)年]
1.20 理学部数学教室(現理学部数学地球物理学教室)竣工。
1.26 理学部動物学教室山口左仲講師の寄附により、同教室特別研究室(寄生虫研究室)建設。
3.8 満蒙調査会規程制定。
3.10 医学部附属医院耳鼻咽喉科学教室竣工。
3.14 滝川事件で辞職した法学部元教官のうち6名が京大復帰を内諾。
6.1 文部省、学生部を拡充して思想局を設置。
7.- 川端警察署、新聞・雑誌の一部閲覧禁止(10月までに200冊)を附属図書館に通達。
9.21 室戸台風により、理・農学部の諸施設に大きな被害。本部本館前のクスノキ、第三高等学校本館などにも被害。
-.- 独逸文化研究所、京都高等工芸学校跡地に竣工。
1952.7.1 占領軍による接収解除後、人文科学研究所分館として京大に移管。
[1935(昭和10)年]
2.18 貴族院にて美濃部達吉の天皇機関説への批判があがる(天皇機関説事件の発端)。
8.3 政府、国体明徴を声明。
4.1 青年学校令公布(勅令41)。
5.31 工学部中央実験所竣工。
11.18 文相の諮問機関として教学刷新評議会設置(勅令307)。
11.30 学校教練検定規程公布(陸軍省令22)。
-.- 西部構内の学生控所北棟竣工。
[1936(昭和11)年]
1.24 附属図書館で火災発生。閲覧室を全焼、図書約3,000冊、図書索引カード約36万枚焼失。
2.21 自動車車庫および本部正門門衛所竣工。
2.26 2・26事件。
4.- 理学部動物学植物学教室本館竣工。
5.9 室戸台風で倒壊した旧本館にかわり、第三高等学校本館(現総合人間学部A号館)竣工。
5.- 新聞部を退部した学生たち、同人雑誌『学生評論』創刊。1938年7月まで刊行。
8.6 ベルリンオリンピック三段跳びで、経済学部卒業生田島直人が世界新記録で金メダル、法学部卒業生原田正夫が銀メダルを獲得。のち田島、記念にヨーロッパナラの苗木を京大に持ち帰り、植樹(現在の農学部グラウンドのオリンピックオーク)。
10.- 文部省の通牒に基づき、各学部で日本文化講義実施。
10.- 理学部事務室棟竣工。
[1937(昭和12)年]
2.20 武術道場(現西部講堂)竣工。
3.31 本部倉庫および裏門門衛所(現化学科実験室・門衛所)竣工。
3.31 文学部2号館(東館)竣工。
4.22 評議会、学生懲戒内規を決定。
5.8 「満洲国」および中華民国学生の修学指導、便宜供与、親睦を目的とする修文会発足。
5.11 5月第3日曜日の京都帝国大学祝日を廃止。
5.26 首相の諮問機関として文教審議会設置(勅令211)。
6.19 西部構内の学生控所南棟の竣工式挙行。
6.30 文学部教授浜田耕作、総長に就任。
7.7 盧溝橋にて日中両軍衝突(日中戦争勃発)。
7.21 文部省、思想局を拡充し教学局を設置。
8.24 国民精神総動員実施要綱、閣議決定。
9.16 応召者後援会発足。
9.23 第2次国共合作成立。
10.14 国民精神総動員の思想的文化的中核となることを期し、講演会・研究座談会などを行う組織として京大報功会発足。
12.9 評議会、1938年より紀元節・天長節・明治節の当日には式典を挙行することに決定。
12.9 評議会、本部本館前広場で南京陥落祝賀式を挙行することを決定。
12.10 内閣の諮問機関として教育審議会設置(勅令711)。
12.27 瀬戸臨海実験所を理学部附属臨海実験所、大津臨湖実験所を理学部附属臨湖実験所、別府地球物理学研究所・阿蘇火山研究所を理学部附属火山温泉研究所として官制化(勅令732)。
12.27 文学部に日本精神史講座、農学部に畜産学講座を設置(勅令734)。
12.28 学生健康相談所規程達示(達示4)。
-.- 和歌山県東牟婁郡大島村に農学部大島暖帯植物試験地設置。
[1938(昭和13)年]
1.- ファッショ的反動への批判を旨とする同人雑誌『京大ケルン』創刊。
3.26 授業料分納規程達示(達示5)。
3.26 通則達示(達示6)。「学年」「学部」「大学院」「貸費 給費 賞与」の全4章70条。入学許可者の身体検査および学生票の交付携帯を義務化。聴講生・専修科生、停学学生の授業料納付と在学年限などにつき規定。
4.1 国家総動員法公布(法律55)。
4.25 天野貞祐学生課長の企画で市民に開放された講義として月曜講義開始。
6.9 文部次官、各地方長官および官私立大学・高等学校・専門学校長に対し、集団的勤労作業運動実施ニ関スル件を通牒。夏期休暇中5日間の集団勤労作業の実施を指示。
7.5 浜田総長、医学部教授不祥事件につき引責辞任の意を表明。評議会はこれを承認、11日に総長選挙を行うことに決定。
7.9 支那事変一周年ニ当リ下シ賜リタル勅語捧読式挙行。
7.10 評議会、荒木貞夫文相の浜田総長への慰留をうけて総長選挙延期を決定。
7.21 浜田総長、小島祐馬文学部長・宮本英脩法学部長らを上京させ、荒木文相に重ねて辞職聴許を催促。荒木、慰留を断念、同時に総長候補者選挙不可の意向を表明。
7.25 浜田総長、現職のまま死去。7月29日、大学葬挙行。
7.25 工学部教授平野正雄、総長事務取扱を命じられる。
7.26 評議会、評議員を委員とする特別委員会に総長選出方法決定を一任することに決定。評議会終了後特別委員会開催。詮衡委員会で推薦された候補者より3名の総長候補者を投票により選出する方法を決定。
7.28 荒木文相、学士院に6帝国大学総長を招集。総長・教授等の銓衡方法につき公選不可との意向を表明。
7.30 評議会、26日の決定を取り消し、新たに各学部3名ずつの委員を選出して特別委員会を組織して議論し、各帝大と協調して具体案を作成することに決定。
7.- 本部国民貯蓄組合規約制定。
8.5 特別委員会(2回目以降、大学制度調査委員会と改称)開催。従来の総長・学部長・教授の詮衡方法の精神を生かしつつ、運用につき考慮する旨の新聞発表の原稿を各帝大に送付。
8.13 山川建専門学務局長、選挙によらない総長・学部長・教授の詮衡方法を記した私案を作成。
8.24 文部省、大学の人事に関しては教授による投票を不可とし、教授の意見を総長や学部長が聞く形をとるべきとする案を作成。
9.2 各学部長、上京し荒木文相らと会談。京大側、現行制度変更の必要はないことを主張。
10.1 6帝国大学連絡委員会会合(2日まで)。全教授の意見を徴して総長候補者を文相に推薦することなどを内容とする文部省への回答作成。
10.3 文部省、これを却下。
10.3 学生課、中央学生控所前広場において午後0時30分からのラジオ体操を開始。
10.14 6帝国大学連絡会議(15日まで)。東大と他大学で別個の回答を行うことに決定。
10.18 東大を除く5帝大協議。「署名セル文書其他責任ヲ明カニスル方法」で教授の答申を行うことなどを内容とする回答案作成。
10.20 文部省、これを承認。
10.28 東大、追加補足分を提出し、文部省これを了承。
10.19 靖国神社臨時大祭につき休業。これ以後敗戦まで靖国神社臨時大祭日に休業。
10.28 本部本館前広場で漢口陥落記念式挙行。
11.3 漢口陥落祝賀と学内懇親を目的に学内大運動会開催。
11.10 評議会、総長候補者銓衡手続内規決定。番号を付した用紙による投票で、銓衡後用紙を焼却。
11.25 文学部教授羽田亨、総長に就任。
12.- 第三高等学校同窓会、舎密局址の記念碑を大阪城西側本町通に建立。
-.- 東大路通百万遍-叡電北側間竣工。
[1939(昭和14)年]
1.- 医学部内に京大結核研究会設立。
3.9 兵役法一部改正(法律1)。徴集延期の最高年齢を1年引き下げ。
3.24 科学研究費交付金の新設案が議会両院通過。
3.25 兵役法施行令一部改正(勅令75)。兵役法一部改正をうけ、大学学部生の徴集延期最高年齢を1年引き下げ。
3.30 文部次官、大学長に対し、大学教練振作ニ関スル件を通牒。
4.11 大学の軍事教練を必修化(文部省告示4)。
3.31 名古屋帝国大学創設(勅令112)。
3.31 文部次官、官公私立大学長らに対し、集団勤労作業実施ニ関スル件を通牒。集団作業を恒久化し、正課に準じる扱いにするよう指示。
4.11 勤労奉仕運動の一環として農学部グラウンドの修理を実施(13日まで)。
4.26 青年学校令改正(勅令254)。他の学校に在籍しない満12歳以上満19歳未満の男子の就学を義務化。
4.- 医学部で新入生を対象に訓育指導班制度を導入。
5.15 臨時附属医学専門部設置(勅令315)。
5.15 臨時附属医学専門部学則制定。
5.22 陸軍現役将校配属令公布15周年を記念し青少年学徒ニ賜ハリタル勅語発布。これをうけて青少年学徒ニ賜ハリタル勅語ノ聖旨奉体方公布(文部省訓令15)。
5.31 青少年学徒ニ賜ハリタル勅語捧読式を農学部運動場で挙行。学生分列行進も実施。以後1943年まで毎年5月22日に挙行。
7.1 大賀寿吉旧蔵の「旭江文庫」1,680部2,264冊、大賀栄滋より附属図書館に寄贈。
7.7 支那事変一周年ニ当リ下賜セラレタル勅語捧読式挙行。
7.- 文部省主催による興亜青年勤労報国隊の大陸派遣開始。京大でも教職員と学生を参加させ、約6週間の日程で中国北部・モンゴルに派遣(8月まで)。
8.2 人文科学研究所設置(勅令520)。
8.23 人文科学研究所協議員会規程達示(達示11)。
9.1 ドイツ、ポーランドへの進攻開始(第2次世界大戦勃発)。
9.22 学歌歌詞および学旗意匠を『学報』上で募集。
1940.1.18 学旗学歌制定。
1940.2.11 制定式挙行。
10.8 戦歿者合同慰霊祭を挙行。
12.1 興亜奉公日行事として国旗掲揚、黙●、ラジオ体操を実施。学内食堂では簡素弁当販売。以後、数回実施。
12.4 川端警察署、附属図書館に対し本学学生の読書傾向を調査報告するよう通達。
12.7 評議会、在郷軍人会京都帝国大学分会の設置を決定。
12.7 羽田総長、評議会において、研究・教育・訓育の面でどのように総合大学としての実績をあげるかについての審議を希望する旨提議。
1940.1.25 研究・教育・訓育その他の制度の各部門につき審議することに決定。
1940.7.24 審議終了。
-.- 島田蕃根の「島田文庫」199部268冊、島田乾三郎より附属図書館に寄託。
-.- 附属図書館着工。完成には至らず。
-.- 医学部医化学教室研究室竣工。
[1940(昭和15)年]
4.12 科学動員計画要綱、閣議決定。
4.17 臨時附属医学専門部に教授・書記設置(勅令278)。
4.- 法学部と経済学部、訓育の目的で学生と教官の接触を増やすため、1回生を対象に学生指導制度を導入。
7.7 支那事変一周年ニ当リ下賜セラレタル勅語及ヒ紀元二千六百年紀元節ニ当リ賜リタル詔書捧読式挙行。
9.12 評議会、紀元二千六百年記念事業の学史編纂の基本的方針を決定。のち『京都帝国大学史』と命名。
9.19 教育審議会、高等教育ニ関スル件答申を首相に提出。大学の学部・学科の拡充、学部間の連携強化、大学院整備のほか、訓育指導に重点を置くことを提言。
9.27 石川興二経済学部教授を指導教授に新体制研究会発足。
9.27 日独伊三国軍事同盟調印。
10.8 谷口吉彦経済学部教授・黒田覚法学部教授・臼井二尚文学部助教授を指導教授として新体制綜合研究会発足。
10.11 学友会臨時役員会開催。時局に即応した学友会改組の必要性を認め、その具体的内容については会長に一任することに決定。
12.14 新組織の綱要公表。
10.12 大政翼賛会発会式挙行。
10.28 橋田邦彦文相、各帝国大学総長に対し、学友会を改組し報国団またはそれに相当する組織を発足させるよう訓示。
10.30 教育ニ関スル勅語渙発満五十年記念式挙行。
10.31 委託研究規程達示(達示11)。
11.10 全国各地で紀元二千六百年記念行事開催。京大でも本部大ホールで式典を挙行。
11.10 紀元二千六百年の記念事業として、経済学部に東亜経済研究所設置。
11.16 京大主催の紀元二千六百年奉祝会挙行。公開講演会や学内開放などの記念行事開催(17日まで)。
12.24 大学教授は国体の本義に則り教学一体の精神に徹し学生を薫化啓導し指導的人材を育成すべき旨指示(文部省訓令29)。