(注)京都大学附属図書館報「静修」 Vol. 31, No. 2 (1994年9月発行)より転載したものです。


 鈴鹿本今昔物語集の修補に関わって(特別寄稿)


                  前附属図書館事務部長

                            吉岡 千里


 新聞報道等によれば、平成6年7月18日、修補を終えた9巻の鈴鹿本今昔物語集の完成
披露が鈴鹿氏を招いて附属図書館館長室で行われ、同26日には各報道機関を招き記者発表
も行われたとのことである。私も7月27日の朝刊各紙に掲載されたこの記事を読み、修補
に関わった一人として感慨無量の思いであった。振り返ってみれば、平成3年10月、鈴鹿
家から寄贈を受け、同年度に第1年次分(第4分冊)の修補に着手して以来、3カ年の歳
月と、約2千万円の経費を費やして完了したものである。鈴鹿本今昔物語集は、虫害がは
なはだしく、見ることをはばかられたため、“幻の写本”として世間に知られていたが、
今回の修補では、本紙を解体して、すべてのページを、破損の状況に応じて、現在求め得
る最高の技術で裏打ちと補修を行い、本文を保護するため、新しく表紙と題簽を付加する
等の処理が行われた。京大で受け入れた状態は、各分冊がそれぞれ白い美濃紙に包まれて
いるのみで、表紙や書写した内容を示す題簽は存在していなかった。各分冊に“何巻が書
写”されているか分からないので、無意味にページをめくり、破損がすすむ結果となって
いった。

 今回の修補では、国立国会図書館所蔵のマイクロ版や、日本古典文学体系(岩波)で点
検しながら慎重に作業をすすめた。新しい表紙と外箱は、この資料が修補後に、重要文化
財に指定されることも考慮して、他の重要文化財コレクションと同じ仕様でまとめられた。
なお、題簽の文字は、朝尾直弘館長(文学部教授、国史学)の揮毫である。

 この度の修補で、受け入れ後に京大で補修・変更を行ったのは次の事項である。

  1. 各分冊の版型を若干大きくしたこと。
     “のど”の部分に書き込まれていた文字を読みやすくするため、綴じ糸の
    位置を中心から外側にずらす必要が生じたこと、及び、最も大きい分冊の版
    型に全部の型を統一したためにおきたことである。

  2. 版型が若干大きくなったため、新たに桐の外箱を作成した。
    ※「今昔物語集」の墨書があり、また、裏に“尚絅舎藏”の朱の押印があっ
      た鈴鹿家の外箱は、別に大切に保存されている。

  3. 本紙を解体したことで、“紙の裏”に書写されていた数行の文字を確認し、
    これを解説文に注記することにした。

  4. 本紙の修補が終了し、製本にかかる前に、各ページ毎の写真撮影を行い、影
    印本作成のために完全なネガ・フィルム原版を作成した。

  5. 修補で不要となった“こより”を使用して、紙質の科学的な年代測定を行っ
    た結果、こよりについては鎌倉時代の紙が使用されていることを確認した。
    ※名大年代測定資料研究センター(中村助教授)に測定を依頼して判明した。

 最後に、鈴鹿家から無償で寄贈を受けた経緯について、後日の記録のために述べておく
こととする。今昔物語集は数十年前から京大図書館に寄託されていたが、平成2年6月頃、
寄託解除の申し出があった。これに対して、貴重な文化遺産であり、また、研究資料とし
ても極めて重要でありながら、虫害のため利用できない状態であること、また、京大が修
補する場合の計画案と経費見積もりを提示し、個人の努力では健全な保存は困難なことな
どを説明し善処をお願いした。

 その後、鈴鹿一族で協議が行われ、“修理と、研究者への公開、”等を条件に寄贈して
いただける事となった。修補計画を実行するに際しては、西島前総長、井村総長を始め、
事務局関係者の多大な御援助・御協力により、実現することができた。また、影印本の作
成も日程に上っていると聞いている。

 京都大学としては、鈴鹿家に、全国の研究者を代表して、ひたすら感謝するのみであっ
た、ただ、幸いなことに、平成4年10月、日本政府は鈴鹿氏に紺綬褒賞を贈り感謝の意を
伝えている。

 私事で恐縮であるが、国文学研究資料館の創設準備にかかわったことがある。当時、国
文学会の代表者が故久松潜一先生であった。若輩の役人にも、熱意を込めて国文学の研究
資料の特色、例えば、書写されたものは、それぞれ別の写本であり、その異同を確かめる
ことも国文学では重要な研究テーマとなっているなど、関係機関に陳情のお供をした我々
にていねいに説明していただいたのも懐かしい思い出である。久松先生が育てられた研究
者が鈴鹿家の善意の賜物であるこの資料を活用して、優れた研究成果を数多く発表される
ことを願っている。最後に、今回の無償寄贈から修理完了まで、実に多くの人々の御協力
をいただいた。紙数に限りがあるため氏名を省略せざるをえないが、これらの人々に支え
られ任務を終えることができたことに感謝の意を表するものである。


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